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第3章 第2節 「流通手段」

【P138】 第2節 流通手段

a 商品の変態

<1>すでに見たように、諸商品の交換過程は、矛盾した互いに排除しあう諸関係を含んでいる。商品の発展は、これらの矛盾を解消しはしないが、それらの矛盾の運動を可能にするような形態をつくりだす。これは、一般に現実の矛盾が解決される方法である。たとえば、一物体が絶えず他の一物体に落下しながら、また同様に絶えずそれから飛び去るということは、一つの矛盾である。楕円は、この矛盾が実現されるとともに解決される諸運動形態の一つである。
<2>交換過程が諸商品を、それらが非使用価値であるところの手から、それらが使用価値であるところの手に移すかぎりでは、この過程は社会的物質代謝である。ある有用な労働様式の生産物が、他の有用な労働様式の生産物と入れ替わるのである。ひとたび使用価値として役だつ場所に達すれば、商品は、商品交換の部面から消費の部面に落ちる。ここでわれわれが関心をもつのは、前のほうの部面だけである。そこで、われわれは全過程を形態の面から、つまり、社会的物質代謝を媒介する諸商品の形態変換または変態だけを、考察しなければならない。
<3>この形態変換の理解がまったく不十分なのは、価値概念そのものが明らかになっていないことを別とすれば、あ【P139】る一つの商品の形態変換は、つねに二つの商品の、普通の商品と貨幣商品との交換において行なわれるという事情のせいである。商品と金との交換というこの素材的な契機だけを固執するならば、まさに見るべきもの、すなわち形態の上に起きるものを見落とすことになる。金はただの商品としては貨幣ではないということ、そして、他の諸商品は、それらの価格において、それら自身の貨幣姿態としての金に自分自身を関係させるのだということを、見落とすのである。
<4>商品はさしあたりは金めっきもされず、砂糖もかけられないで、生まれたままの姿で、交換過程にはいる。交換過程は、商品と貨幣とへの商品の二重化、すなわち商品がその使用価値と価値との内的な対立をそこに表わすところの外的な対立を生み出す。この対立では、使用価値としての商品が交換価値としての貨幣に相対する。他方、この対立のどちら側も商品であり、したがって使用価値と価値との統一体である。しかし、このような、差別の統一は、両極のそれぞれに逆に表わされていて、そのことによって同時に両極の相互関係を表わしている。商品は実在的には使用価値であり、その価値存在は価格においてただ観念的に現われているだけである。そして、この価格が商品を、その実在の価値姿態としての対立する金に、関係させている。逆に、金材料は、ただ価値の物質化として、貨幣として、認められているだけである。それゆえ、金材料は実在的には交換価値である。その使用価値は、その実在の使用姿態の全範囲としての対立する諸商品にそれを関係させる一連の相対的価値表現において、ただ観念的に現われているだけである。このような諸商品の対立的な諸形態が、諸商品の交換過程の現実の運動形態なのである。
<5>そこで、われわれは商品所持者のだれかといっしょに、たとえばわれわれの旧知のリンネル織職といっしょに、交換過程の場面に、商品市場に行ってみることにしよう。彼の商品、20エレのリンネルは、価格が決まっている。その価格は2ポンド・スターリングである。彼は、それを2ポンド・スターリングと交換し、次に、実直ものにふ【P140】さわしく、この2ポンド・スターリングをさらに同じ価格の家庭用聖書と交換する。彼にとってはただ商品であり価値の担い手でしかないリンネルが、その価値姿態である金とひきかえに手放され、そして、この姿態からさらに他の一商品、聖書とひきかえにまた手放されるのであるが、この聖書は使用対象として織職の家にはいって行き、そこで信仰欲望を満足させることになる。こうして、商品の交換過程は、対立しつつ互いに補い合う二つの変態──商品の貨幣への転化と貨幣から商品へのその再転化とにおいて行なわれるのである(*65)。商品変態の諸契機は、同時に、商品所持者の諸取引──売り、すなわち商品の貨幣との交換、買い、すなわち貨幣の商品との交換、そして両行為の統一、すなわち買うために売る、である。
(*65) 「ヘラクレイトスは言った。火が万物となり、また万物が火となること、あたかも黄金が諸財貨となり、また諸財貨が黄金になるごとくである、と。」(F・ラサール『エフェソスの暗き人ヘラクレイトスの哲学』、1858年、……)この箇所へのラサールの注、224頁の注3は、貨幣を、まちがって、単なる価値章標だとしている。

<6>いま、リンネル織職が取引の結果を調べてみるとすれば、彼は、リンネルの代わりに聖書を、つまり、彼の最初の商品の代わりに価値は同じだが有用性の違う別の一商品をもっている。同じやり方で、彼はそのほかの生活手段や生産手段も手に入れる。彼の立場から見れば、全過程は、ただ彼の労働生産物と他人の労働生産物との交換、つまり生産物交換を媒介しているだけである。
<7>こういうわけで、商品の交換過程は次のような形態変換をなして行なわれる。
商品─貨幣─商品
W  ─  G ─  W
<8>その素材的内容から見れば、この運動はW─W、商品と商品との交換であり、社会的労働の物質代謝であって、その結果では過程そのものは消え去ってしまっている。

<9>【P141】W─G、商品の第一変態または売り。
商品体から金体への商品価値の飛び移りは、私が別のところで言ったように、商品の命がけの飛躍である。この飛躍に失敗すれば、商品にとっては痛くはないが、商品所持者にとってはたしかに痛い。社会的分業は彼の労働を一面的にするとともに、彼の欲望を多面的にしている。それだからこそ、彼にとって彼の生産物はただ交換価値としてのみ役だつのである。しかし、彼の生産物はただ貨幣においてのみ一般的な社会的に認められた等価形態を受け取るのであり、しかもその貨幣は他人のポケットにある。それを引きだすためには、商品はなによりもまず貨幣所持者にとっての使用価値でなければならず、したがって、商品に支出された労働は社会的に有用な形態で支出されていなければならない。しかし、分業は一つの自然発生的な生産有機体であって、その繊維は商品生産者たちの背後で織られたものであり、また絶えず織られているのである。場合によっては、商品は、新たに生まれた欲望を満足させようとするかまたは或る欲望をこれから自力で呼び起こそうとする或る新しい労働様式の生産物であるかもしれない。昨日まではまだ同じ一人の商品生産者の多くの機能のうちの一つの機能だった或る一つの特殊な作業が、おそらく、今日はこの関連から切り離され、独立化されて、まさにそれゆえにその部分生産物を独立の商品として市場に送ることになる。この分離過程のために事情はすでに熟していることも熟していないこともあるであろう。生産物は今日はある一つの社会的欲望を満足させる。明日はおそらくその全部または一部が類似の種類の生産物によってその地位から追われるであろう。労働が、われわれの織職のそれのように、社会的分業の公認された一環であっても、まだそれだけでは彼の20エレのリンネルそのものの使用価値はけっして保証されてはいない。リンネルにたいする社会的欲望、それには、すべての他の社会的欲望と同じに、その限度があるのであるが、それがすでに競争相手のリンネル織職たちによって満たされているならば、われわれの友人の生産物はよけいになり、したがって無用になる。。もらい物ならば、いいもわるいもな【P142】いのだが、彼は贈り物をするために市場を歩くのではない。しかし、仮に彼の生産物の使用価値が実証され、したがって貨幣が商品によって引き寄せられるとしよう。ところが、こんどは、どれだけの貨幣が? という問題が起きてくる。答えは、もちろん、すでに商品の価格によって、商品の価値量の指標によって、予想されている。商品所持者がやるかもしれない純粋に主観的な計算のまちがいは問題にしないことにしよう。それは市場ではすぐに客観的に訂正される。彼は自分の生産物にただ社会的に必要な平均労働時間だけを支出したはずである。だから、その商品の価格は、その商品に対象化されている社会的労働の量の貨幣名でしかない。しかし、古くから保証されていたリンネル織物業の生産条件が、われわれのリンネル織職の同意もなしに、彼の背後で激変したとしよう。昨日までは疑いもなく1エレのリンネルの生産に社会的に必要な労働時間だったものが、今日は、そうではなくなる。それは、われわれの友人の何人もの競争相手の価格表から貨幣所持者がもっとも熱心に立証するところである。われわれの友人にとっては不幸なことだが、世の中にはたくさんの織職がいるのである。最後に、市場にあるリンネルは、どの一片もただ社会的に必要な労働時間だけを含んでいるものとしよう。それにもかかわらず、これらのリンネル片の総計は、余分に支出された労働時間を含んでいることがありうる。もし市場の胃袋がリンネルの総量を1エレあたり2シリングという正常な価格で吸収できないならば、それは、社会の総労働時間の大きすぎる一部分がリンネル織物業の形で支出されたということを証明している。結果は、それぞれのリンネル織職が自分の個人的生産物に社会的必要労働時間よりも多くの時間を支出したのと同じことである。ここでは、死なばもろとも、というわけである。市場にあるすべてのリンネルが一つの取引品目としかみなされず、どの一片もその可除部分としかみなされない。そして、実際にどの1エレの価値も、ただ、同種の人間労働の社会的に規定された同じ量が物質化されたものでしかないのである(*編注)。
(*編注)……1878年11月28日付の手紙のなかでマルクスはこの最後の文章を【P143】次のように変えている。「そして、実際にどの1エレの価値も、リンネルの総量に支出された社会的労働量の一部分が物質化されたものでしかないのである。」……

<10>このように、商品は貨幣を恋いしたう。だが、「まことの恋がなめらかに進んだためしはない」。分業体制のうちにそのばらばらな四肢を示している社会的生産有機体の量的な編成は、その質的な編成と同じに、自然発生的で偶然的である。それだから、われわれの商品所持者たちは、彼らを独立の私的生産者にするその同じ分業が、社会的生産過程とこの過程における彼らの諸関係とを彼らから独立なものにすることを発見するのであり、人々の相互の独立性が全面的な物的依存の体制で補われていることを発見するのである。
<11>分業は労働生産物を商品に転化させ、そうすることによって、労働生産物の貨幣への転化を必然にする。同時に、分業は、この化体が成功するかどうかを偶然にする。とはいえ、ここでは現象を純粋に考察しなければならず、したがってその正常な進行を前提しなければならない。そこで、とにかく事が進行して、商品が売れないようなことがないとすれば、商品の形態変換は、変則的にはこの形態変換で実体──価値量──が減らされたり加えられたりすることがあるにしても、つねに行なわれているのである。
<12>一方の商品所持者にとっては金が彼の商品にとって代わり、他方の商品所持者にとっては商品が彼の金にとって代わる。すぐ目につく現象は、商品と金との、20エレのリンネルと2ポンド・スターリングとの、持ち手変換または場所変換、すなわちそれらの交換である。だが、なにと商品は交換されるのか? それ自身の一般的な価値姿態とである。そして、金はなにと? その使用価値の一つの特殊な姿態とである。なぜ金はリンネルに貨幣として相対するのか? 2ポンドというリンネルの価格またはリンネルの貨幣名が、すでにリンネルを貨幣としての金に【P144】関係させているからである。もとの商品形態からの離脱は、商品の譲渡によって、すなわち、商品の価格ではただ想像されているだけの金を商品の使用価値が現実に引き寄せる瞬間に、行なわれる。それゆえ、商品の価格の実現または商品の単に観念的な価値形態の実現は、同時に、逆に貨幣の単に観念的な使用価値の実現であり、商品の貨幣への転化は、同時に、貨幣の商品への転化である。この一つの過程が二面的な過程なのであって、商品所持者の極からは売りであり、貨幣所持者の反対極からは買いである。言いかえれば、売りは買いであり、W─Gは同時にG─Wである(*66)。
(*66) 「すべての売りは買いである。」(ドクトル・ケネー『商業および手工業者の労働に関する対話』……)または、ケネーが彼の『一般準則』のなかで言っているところでは、「売ることは買うことである。」

<13>これまでのところでは、われわれの知っている人間の経済関係は、商品所持者たちの関係のほかにはない。それは、ただ自分の労働生産物を他人のものにすることによってのみ、他人の労働生産物を自分のものにするという関係である。それゆえ、ある商品所持者に他の人が貨幣所持者として相対することができるのは、ただ、彼の労働生産物が生来貨幣形態をもっており、したがって金やその他の貨幣材料であるからか、または、彼自身の商品がすでに脱皮していてその元来の使用形態を捨てているからである。いうまでもなく、貨幣として機能するためには、金はどこかの点で商品市場にはいらなければない。この点は金の生産源にあるが、そこでは金は、直接的労働生産物として、同じ価値の別の労働生産物と交換される。しかし、この瞬間から、その金はいつでも実現された商品価格を表わしている(*67)。金の生産源での金と商品との交換を別とすれば、どの商品所持者の手にあっても、金は、彼が手放した商品の離脱した姿であり、売りの、または第一の商品変態W─Gの、産物である(*68)。金が観念的な貨幣または価値尺度になったのは、すべての商品が自分たちの価値を金で計り、こうして、金を自分たちの使用姿態の【P145】想像された反対物にし、自分たちの価値姿態にしたからである。金が実在の貨幣になるのは、諸商品が自分たちの全面的譲渡によって金を自分たちの現実に離脱した、または転化された使用姿態にし、したがって自分たちの現実の価値姿態にしたからである。その価値姿態にあっては、商品は、その自然発生的な使用価値の、またそれを生み出してくれる特殊な有用労働の、あらゆる痕跡を捨て去って、無差別な人間労働の一様な社会的物質化に蛹化する。それだから、貨幣を見ても、それに転化した商品がどんな種類のものであるかはわからないのである。その貨幣形態にあっては、どれもこれもまったく同じに見える。だから、貨幣は糞尿であるかもしれない。といっても、糞尿は貨幣ではないが。いま、われわれのリンネル織職が自分の商品を手放してえた二枚の金貨は、1クォーターの小麦の転化された姿であると仮定しよう。リンネルの売り、W─Gは、同時に、その買い、G─Wである。しかし、リンネルの売りとしては、この過程は一つの運動を始めるのであって、この運動はその反対の過程すなわち聖書の買いで終わる。リンネルの買いとしては、この過程は一つの運動を終えるのであって、この運動はその反対の過程すなわち小麦の売りで始まったものである。W─G(リンネル─貨幣)、この、W─G─W(リンネル─貨幣─聖書)の第一の段階は、同時にG─W(貨幣─リンネル)であり、すなわちもう一つの運動W─G─W(小麦─貨幣─リンネル)の最後の段階である。一商品の第一の変態、商品形態から貨幣へのその転化は、いつでも同時に他の一商品の第二の反対の変態、貨幣形態から商品へのその再転化である(*69)
(*67) 「一商品の価格は、ただ他の一商品の価格でのみ支払われうる。」(メルシエ・ド・ラ・リヴィエール『政治社会の自然的および本質的秩序』、……。)
(*68) 「この貨幣を手に入れるためには、すでに売っていなければならない。」(同前、……。)
(*69) 前に述べたように、金銀の生産者は例外であって、彼は、自分の生産物をあらかじめ売っていることなしに、それを交換に出すのである。

<14>【P146】G─W、商品の第二の、または最終の変態、買い。
──貨幣は、他の一切の商品の離脱した姿、またはそれらの一般的な譲渡の産物だから、絶対的に譲渡されうる商品である。貨幣はすべての価格を逆の方向に読むのであり、こうして、貨幣自身が商品になるための献身的な材料としてのすべての商品体に、自分の姿を映しているのである。同時に、諸商品の価格は、諸商品が貨幣に投げかけるこの愛のまなざしは、貨幣の転化能力の限界を、すなわち貨幣自身の量を示している。商品は、貨幣になれば消えてなくなるのだから、貨幣を見ても、どうしてそれがその所持者の手に入ったのか、または、なにがそれに転化したのかは、わからない。それの出所がなんであろうと、それは臭くはないのである。それは、一方では売られた商品を代表するとすれば、他方では買われうる商品を代表するのである(*70)。
(*70) 「われわれの手にある貨幣が、われわれが買いたいと思うことのできるいろいろな物を表わしているとすれば、それはまたわれわれがこの貨幣とひきかえに売ったいろいろな物をも表わしている。」(メルシエ・ド・ラ・リヴィエール『政治社会の自然的および本質的秩序』、……。)

<15>G─W、買いは、同時に、売り、W─Gである。したがって、ある商品の最後の変態は、同時に他の一商品の最初の変態である。われわれのリンネル織職にとっては、彼の商品の生涯は、彼が2ポンド・スターリングを再転化させた聖書で終わる。しかし、聖書の売り手は、リンネル織職から手に入れた2ポンド・スターリングをウィスキーに替える。G─W、すなわちW─G─W(リンネル─貨幣─聖書)の最終変態は、同時にW─G、すなわちW─G─W(聖書─貨幣─ウィスキー)の第一段階である。商品生産者はある一つの方向に偏した生産物だけを供給するので、その生産物をしばしば大量に売るのであるが、他方、彼の欲望は多方面にわたるので、彼は実現された価格すなわち手に入れた貨幣額を絶えず多数の解に分散させざるをえない。したがって、一つの売りは、いろいろな商品の多くの買いに分かれる。こうして、一商品の最終変態は他の諸商品の第一の変態の合計をなすのである。
<16>【P147】そこで今度は、ある商品、たとえばリンネルの総変態を考察するならば、まず第一に目につくのは、それが、互いに補いあう二つの反対の運動、W─GとG─Wとから成っているということである。商品のこの二つの反対の変態は、商品所持者の二つの反対の社会的過程で行なわれ、商品所持者の二つの反対の経済的役割に反射する。売りの当事者として彼は売り手になり、買いの当事者として彼は買い手になる。しかし、商品のどちらの変態でも、商品の両形態、商品形態と貨幣形態とが同時に、しかしただ反対の極に存在するように、同じ商品所持者にたいして、売り手としての彼には別の買い手が、買い手としての彼には別の売り手が相対している。同じ商品が二つの逆の変態をつぎつぎに通って、商品から貨幣になり、貨幣から商品になるように、同じ商品所持者が役割を取り替えて売り手にも買い手にもなるのである。だから、売り手と買い手はけっして固定した役割ではなく、商品流通のなかで絶えず人を取り替える役割である。
<17>一商品の総変態は、そのもっとも単純な形態では、四つの極と三人の登場人物を前提する。まず、商品にその価値姿態としての貨幣が相対するのであるが、この価値姿態は、向こう側で、他人のポケットのなかで、物的な堅い実在性をもっている。こうして、商品所持者には貨幣所持者が相対する。次に商品が貨幣に転化されれば、その貨幣は商品の一時的な等価形態となり、この等価形態の使用価値または内容はこちら側で他の商品体のうちに存在する。第一の商品変態の終点として、貨幣は同時に第二の変態の出発点である。こうして、第一幕の売り手は第二幕では買い手となり、この幕ではかれに第三の商品所持者が売り手として相対するのである(*71)。
(*71) 「したがって、四つの終点と三人の契約当事者とがあって、そのうちの一人は二度入ってくる。」(ル・トローヌ『社会的利益について』、909頁。)

<18>商品変態の二つの逆の運動段階は、一つの循環をなしている。すなわち、商品形態、商品形態の脱ぎ捨て、商品形態への復帰。もちろん、商品そのものがここでは対立的に規定されているのである。それは、その所持者にとっ【P148】て、出発点では非使用価値であり、終点では使用価値である。こうして、貨幣は、まず、商品が転化する堅い価値結晶として現われるが、のちには商品の単なる等価形態として融けてなくなるのである。
<19>ある一つの商品の循環をなしている二つの変態は、同時に他の二つの商品の逆の部分変態をなしている。同じ商品(リンネル)が、それ自身の変態の列を開始するとともに、他の一商品(小麦)の総変態を閉じる。その第一の変態、売りでは、その商品はこの二つの役を一身で演ずる。これに反して、生きとし生けるものの道をたどってこの商品そのものが化してゆく金蛹としては、それは同時に第三の一商品の第一の変態を終わらせる。こうして、各商品の変態列が描く循環は、他の諸商品の循環と解きがたくからみ合っている。この総過程は商品流通として現われる。
<20>商品流通は、ただ形態的にだけではなく、実質的に直接的生産物交換とは違っている。事態の経過をほんのちょっと振り返ってみよう。リンネル織職は無条件にリンネルを聖書と、自分の商品を他人の商品と、取り替えた。しかし、この現象はただ彼にとって真実であるだけである。冷たいものよりも熱いものを好む聖書の売り手は、聖書とひきかえにリンネルを手に入れようとは考えもしなかったし、リンネル織職も小麦が自分のリンネルと交換されたことなどは知らないのである。Bの商品がAの商品に替わるのであるが、しかしAとBとが互いに彼らの商品を交換するのではない。実際には、AとBとが彼らどうしのあいだで互いに買い合うということも起こりうるが、しかし、このような特殊な関係はけっして商品流通の一般的な諸関係に制約されているのではない。商品流通では、一方では商品交換が直接的生産物交換の個人的および局地的制限を破って人間労働の物質代謝を発展させるのが見られる。他方では、当事者たちによっては制御されえない社会的な自然関連の一つの全体圏が発展してくる。織職がリンネルを売ることができるのは、農民が小麦をすでに売っているからこそであり、酒好きが聖書を売ることができるのは、織職がリンネルをすでに売っているからこそであり、ウィスキー屋が蒸留酒を売ることができるのは、別の人が永遠の命の水をすでに売っているからこそである、等々。
<21>【P149】それだから、流通過程はまた、直接的生産物交換のように使用価値の場所変換または持ち手変換によって消えてしまうものでもない。貨幣は、最後には一つの商品の変態列から脱落するからといって、それで消えてしまうのではない。それは、いつでも、商品があけた流通場所に沈殿する。たとえばリンネルの総変態、リンネル─貨幣─聖書では、まずリンネルが流通から脱落し、貨幣がその場所を占め、次には聖書が流通から脱落し、貨幣がその場所を占める。商品による商品の取り替えは、同時に第三の手に貨幣商品をとまらせる(*72)。流通は絶えず貨幣を発汗している。
(*72)第2版への注。このようにこの現象は明白なのに、経済学者たち、ことに俗流自由貿易論者は、たいていはこれを見落としている。

<22>どの売りも買いであり、またその逆でもあるのだから、商品流通は、売りと買いとの必然的な均衡を生じさせる、という説ほどばかげたものはありえない。それの意味するところが、現実に行なわれた売りの数が現実に行なわれた買いの数に等しい、というのであれば、それはつまらない同義反復である。しかし、それは、売り手は自分自身の買い手を市場に連れてくるのだということを証明しようとするのである。売りと買いとは、二人の対極的に対立する人物、商品所持者と貨幣所持者との相互関係としては、一つの同じ行為である。それらは、同じ人の行動としては、二つの対極的に対立した行為をなしている。それゆえ、売りと買いとの同一性は、商品が流通という錬金術の坩堝に投げこまれたのに貨幣として出てこなければ、すなわち商品所持者によって売られず、したがって貨幣所持者によって買われないならば、その商品はむだになる、ということを含んでいる。さらに、この同一性は、もしこの過程が成功すれば、それは一つの休止点を、長いこともあれば短いこともある商品の生涯の一時期を、なすということを含んでいる。商品の第一の変態は同時に売りでも買いでもあるのだから、この部分過程は同時に独立な過程である。買い手は商品をもっており、売り手は貨幣を、すなわち、再び市場に現われるのが早かろうとおそかろうと【P150】流通可能な形態を保持している一商品を、もっている。別のだれかが買わなければ、だれも売ることはできない。しかし、だれも、自分が売ったからといって、すぐに買わなければならないということはない。流通は生産物交換の時間的、場所的、個人的制限を破るのであるが、それは、まさに、生産物交換のうちに存する、自分の労働生産物を交換のために引き渡すことと、それとひきかえに他人の労働生産物を受け取ることとの直接的同一性を、流通が売りと買いとの対立に分裂させるということによってである。独立して相対する諸過程が一つの内的な統一をなしていることは、同様にまた、これらの内的な統一が外的な諸対立において運動するということをも意味している。互いに補いあっているために内的には独立していないものの外的な独立化が、ある点まで進めば、統一は暴力的に貫かれる──恐慌というものによって。商品に内在する使用価値と価値との対立、私的労働が同時に直接に社会的な労働として現われなければならないという対立、特殊な具体的労働が同時にただ抽象的一般的労働としてのみ認められるという対立、物の人化と人の物化という対立──この内在的な矛盾は、商品変態の諸対立においてその発展した運動形態を受け取るのである。それゆえ、これらの形態は、恐慌の可能性を、しかしただ可能性だけを、含んでいるのである。この可能性の現実性への発展は、単純な商品流通の立場からはまだまったく存在しない諸関係の一大範囲を必要とするのである(*73)
(*73) ジェームズ・ミルについて私が述べたこと、『経済学批判』、74-76頁参照。〔第13巻、77-79原P。〕ここでは二つの点が経済学的弁護論の方法の特徴をなしている。第一には商品流通と直接的生産物交換との相違の単純な捨象による両者の同一視である。第二には、資本主義的生産過程の生産当事者たちの諸関係を商品流通から生ずる単純な関係に解消することによって、資本主義的生産過程の諸矛盾を否定し去ろうとする試みである。しかし、商品生産と商品流通とは、その広がりや重要さはいろいろ違うにしても、非常に違った生産様式に属する現象である。だから、いろいろな生産様式に共通な、抽象的な、商品流通の諸範疇だけを知っても、これらの生産様式の種差はなにもわからないのであり、したがってそれらを評価することもできないのである。初歩の自明なことをあの【P151】ように大げさに論じたてることは、経済学以外のどの科学にもないことである。たとえば、J・B・セーは、商品が生産物であるのを自分が知っているからとて、おこがましくも、恐慌に断定を下そうとするのである。

<23>商品流通の媒介者として、貨幣は流通手段という機能をもつことになる。

 

b 貨幣の流通

<1>労働生産物の物質代謝がそれによって行なわれる形態変換、W─G─Wは、同じ価値が商品として過程の出発点をなし、商品として同じ点に帰ってくることを、条件とする。それゆえ、このような商品の運動は循環である。他方では、この同じ形態は貨幣の循環を排除する。その結果は、貨幣がその出発点から絶えず遠ざかることであって、そこに帰ってくることではない。売り手が自分の商品の転化した姿、貨幣を握りしめているあいだは、商品は第一の変態の段階にあるのであり、言いかえれば、ただその流通の前半を経過しただけである。この過程、買うために売る、が完了すれば、貨幣はさらにその最初の所持者の手から遠ざかっている。貨幣は、ただ、新たな商品のための同じ流通過程の更新または反復によってのみ帰ってくるのであり、この場合も前の場合と同じ結果で終わるのである。それゆえ、商品流通によって貨幣に直接に与えられる運動形態は、貨幣が絶えず出発点から遠ざかること、貨幣が或る商品所持者の手から別の商品所持者の手に進んでいくこと、または貨幣の流通である。
<2>貨幣の流通は、同じ過程の不断の単調な繰り返しを示している。商品はいつでも売り手の側に立ち、貨幣はいつ【P152】でも購買手段として買い手の側に立っている。貨幣は商品の価格を実現することによって、購買手段として機能する。貨幣は、商品の価格を実現しながら、商品を売り手から買い手に移し、同時に自分は買い手から売り手へと遠ざかって、また別の商品と同じ過程を繰り返す。このような貨幣運動の一面的な形態が商品の二面的な形態運動から生ずるということはおおい隠されている。商品流通そのものの性質が反対の外観を生みだすのである。商品の第一の変態は、ただ貨幣の運動としてだけではなく、商品自身の運動としても目に見えるが、その第二の変態はただ貨幣の運動としてしか見えないのである。商品はその流通の前半で貨幣と場所を取り替える。それと同時に、商品の使用姿態は流通から脱落して消費にはいる(*74)。その場所を商品の価値姿態または貨幣仮面が占める。流通の後半を、商品はもはやそれ自身の自然の皮をつけてではなく金の皮をつけて通り抜ける。それとともに、運動の連続性はまったく貨幣の側にかかってくる。そして、商品にとっては二つの反対の過程を含む同じ運動が、貨幣の固有の運動としては、つねに同じ過程を、貨幣とそのつど別な商品との場所変換を、含んでいるのである。それゆえ、商品流通の結果、すなわち別の商品による商品の取り替えは、商品自身の形態変化によってではなく、流通手段としての貨幣の機能によって媒介されるように見え、この貨幣が、それ自体としては運動しない商品を流通させ、商品を、それが非使用価値であるところの手から、それが使用価値であるところの手へと、つねに貨幣自身の進行とは反対の方向に移して行くように見えるのである。貨幣は、絶えず商品に代わって流通場所を占め、それにつれて自分自身の出発点から遠ざかってゆきながら、商品を絶えず流通部面から遠ざけて行く。それゆえ、貨幣運動はただ商品流通の表現でしかないのに、逆に商品流通がただ貨幣運動の結果としてのみ現われるのである(*75)
(*74) 商品が何度も繰り返して売られる場合、といっても、それはここではまだわれわれにとって存在しない現象なのであるが、そのような場合にも、最後の決定的な売りによって商品は流通の部面から消費の部面に落ちて、そこで生活手段または生産手段として役だつのである。
【P153】(*75) 「それ」(貨幣)「は、生産物によってそれに与えられる運動のほかには、どんな運動もしない。」(ル・トローヌ『社会的利益について』、……。)

<3>他方、貨幣に流通手段の機能が属するのは貨幣が諸商品の価値の独立化されたものであるからにほかならない。だから、流通手段としての貨幣の運動は、実際は、ただ商品自身の形態運動でしかないのである。したがってまた、この形態運動は感覚的にも貨幣の流通に反映しなければならない。たとえば、リンネルはまず自分の商品形態を自分の貨幣形態に変える。リンネルの第一の変態W─Gの最後の極、貨幣形態は、次にはリンネルの最後の変態G─Wの、リンネルの聖書への再転化の、最初の極になる。しかし、この二つの形態変換のどちらも、商品と貨幣との交換によって、それらの相互の場所変換によって、行なわれる。同じ貨幣片が、商品の離脱した姿として売り手の手に入り、そして商品の絶対的に譲渡可能な姿としてこの手を去る。それは二度場所を替える。リンネルの第一の変態はこの貨幣片を織職のポケットに入れ、第二の変態はそれを再び持ち出す。だから、同じ商品の二つの反対の形態変換は、反対の方向への貨幣の二度の場所変換に反映するのである。
<4>これに反して、ただ一面的な商品変態、単なる売りか単なる買いかのどちらかが行なわれるとすれば、同じ貨幣片がやはり一度だけ場所を替える。この貨幣の第二の場所変換は、つねに商品の第二の変態、貨幣からの商品の再転化を表わしている。同じ貨幣片の場所変換のひんぱんな繰り返しには、ただ一つの商品の変態列が反映しているだけではなく、商品世界一般の無数の変態のからみ合いが反映しているのである。なお、すべてこれらのことは、ただ単純な商品流通のここで考察された形態にあてはまるだけだということは、まったく自明のことである。
<5>どの商品も、流通への第一歩で、その第一の形態変換で、流通から脱落し、そこにはたえず新たな商品がはいってくる。これに反して、貨幣は流通手段としてはいつでも流通部面に住んでおり、絶えずそのなかを駆けまわっている。そこで、この部面はつねにどれだけの貨幣を吸収するか、という問題が生ずる。
<6>【P154】一国では毎日多数の同時的な、したがってまた空間的に並行する一方的な商品変態が、言いかえれば、一方の側からの単なる売り、他方の側からの単なる買いが、行なわれている。商品は、その価格においてすでに決定された想像された貨幣量に等置されている。ところで、ここで考察されている直接的流通形態は、商品と貨幣とをつねに肉体的に向かいあわせ、一方を売りの極に、他方を買いの反対極におくのだから、商品世界の流通過程に必要な流通手段の量は、すでに諸商品の価格総額によって規定されている。実際、貨幣は、ただ、諸商品の価格総額ですでに観念的に表わされている金総額を実在的に表わすだけである。したがって、これらの二つの総額が等しいということは自明である。とはいえ、われわれが知っているように、商品の価値が変わらない場合には、商品の価格は、金(貨幣材料)そのものの価値といっしょに変動し、金の価値が下がればそれに比例して上がり、金の価値が上がればそれに比例して下がる。こうして諸商品の価格総額が上がるか下がるかするにしたがって、流通する貨幣の量も同じように増すか減るかしなければならない。この場合には流通手段の量の変動はたしかに貨幣そのものから生ずるのではあるが、しかし、流通手段としての貨幣の機能からではなく、価値尺度としての機能から生ずるのである。諸商品の価格がまず貨幣の価値に反比例して変動し、それから流通手段の量が諸商品の価格に正比例して変動するのである。これとまったく同じ現象は、たとえば、金の価値が下がるのではなく、銀が価値尺度としての金にとって代わる場合とか、銀の価値が上がるのではなく、金が銀を価値尺度の機能から追い出すような場合にも、起きるであろう。前のほうの場合には以前の金よりも多くの銀が、あとのほうの場合には以前の銀よりも少ない金が、流通しなければならないであろう。どちらの場合にも、まず貨幣材料の価値、すなわち価値の尺度として機能する商品の価値が変動し、そのために商品価値の価格表現が変動し、またそのためにこれらの価格の実現に役だつ流通する貨幣の量が変動するということになるであろう。すでに見たように、商品の流通部面には一つの穴があって、そこを通って金(銀、要するに貨幣材料)は、与えられた価値のある商品として流通部面にはい【P155】ってくる。この価値は、価値尺度としての貨幣の機能では、したがって価格決定にさいしては、すでに前提されている。いま、たとえば価値尺度そのものの価値が下がるとすれば、それは、まず第一に、貴金属の生産源で商品としての貴金属と直接に交換される諸商品の価値変動に現われる。ことに、ブルジョア社会の比較的未発展な状態では、ほかの商品の一大部分は、なおかなり長い間、価値尺度のいまでは幻想的となり過去のものとなった価値で評価されるであろう。しかし、一商品は他の商品を、それとじぶんとの価値関係をつうじて自分にかぶれさせてゆくのであって、諸商品の金価格または銀価格は、しだいに、それらの価値そのものによって規定された割合で調整されていって、ついにはすべての商品価値が貨幣金属の新たな価値に応じて評価されるようになるのである。この調整過程は、直接に貴金属と交換される商品に代わって流入する貴金属の継続的な増大を伴う。それゆえ、諸商品の訂正された価格づけが一般化されるにつれて、または、新たな、すでに下がった、そしてある点までは引き続き下がってゆく金属の価値によって諸商品の価値が評価されるようになるにつれて、それと同じ程度に、諸商品の価値の実現に必要な金属の増加量もすでに存在しているのである。新たな金銀産源の発見に続いて起きた諸事実の一面的な考察は、17世紀およびことに18世紀には、商品価格が上がったのはより多くの金銀が流通手段として機能したからだというまちがった結論に到達させた。以下では金の価値は与えられたものとして前提されるが、実際にもそれは価格評価の瞬間には与えられているのである。
<7>こういうわけで、この前提のもとでは、流通手段の量は実現されるべき諸商品の価格総額によって規定されている。そこで、さらにそれぞれの商品種類の価格を与えられたものとして前提すれば、諸商品の価格総額は、明らかに、流通のなかにある商品量によって定まる。もし1クォーターの小麦が2ポンド・スターリングならば、100クォーターは200ポンド・スターリング、200クォーターは400ポンド・スターリング、等々であり、したがって小麦の量が増すにつれて、販売にさいしこれと場所を取り替える貨幣量も増さなければならないというこ【P156】とは、ほとんど頭を痛めなくてもわかることである。
<8>商品量を与えられたものとして前提すれば、流通する貨幣の量は、諸商品の価格変動につれて増減する。流通貨幣量が増減するのは、諸商品の価格総額がそれらの商品の価格変動の結果として増減するからである。そのためには、すべての商品の価格が同時に上がったり下がったりする必要は少しもない。すべての流通する商品の実現されるべき価格総額を増加または減少させるには、したがってまた、より多量またはより少量の貨幣を流通させるには、一方の場合にはある数の主要物品の価格上昇が、他方の場合にはそれらの価格低下があれば、それで十分である。商品の価格変動に反映するものが、現実の価値変動であろうと、単なる市場価格の変動であろうと、流通手段の量への影響は同じことである。
<9>ある数の、無関連な、同時的な、したがってまた空間的に並行する売りまたは部分変態、たとえば1クォーターの小麦、20エレのリンネル、1冊の聖書、4ガロンのウィスキーの売りが行なわれるものとしよう。どの商品の価格も2ポンド・スターリングで、したがって実現されるべき価格総額は8ポンド・スターリングだとすれば、8ポンド・スターリングだけの貨幣量が流通にはいらなければならない。これに反して、同じ諸商品が、われわれにおなじみの商品変態列、すなわち1クォーターの小麦─2ポンド・スターリング─20エレのリンネル─2ポンドスターリング─1冊の聖書─2ポンド・スターリング─4ガロンのウィスキー─2ポンド・スターリングという列の諸環をなすとすれば、その場合には2ポンド・スターリングがいろいろな商品を順々に流通させて行くことになる。というのは、それは諸商品の価格を順々に実現して行き、したがって8ポンド・スターリングという価格総額を実現してから、最後にウィスキー屋の手のなかで休むからである。それは4回の流通をなしとげる。このような、同じ貨幣片が繰り返す場所変換は、商品の二重の形態変換、二つの反対の流通段階を通る商品の運動を表わしており、またいろいろな商品の変態のからみ合いを表わしている(*76)。この過程が通る対立していて互いに補いあう諸段階【P157】は、空間的に並んで現われることはできないのであって、ただ時間的にあいついで現われることができるだけである。それだから、時間区分がこの過程の長さの尺度になるのであり、また、与えられた時間内の同じ貨幣片の流通回数によって貨幣流通の速度が計られるのである。前記の四つの商品の流通過程には、たとえば一日かかるとしよう。そうすると、実現されるべき価格総額は8ポンド・スターリング、同じ貨幣片の一日の流通回数は4、流通する貨幣の量は2ポンド・スターリングである。すなわち、流通過程の或る与えられた期間については、
(諸商品の価格総額)/(同名の貨幣片の流通回数)=(流通手段として機能する貨幣の量) となる。この法則は一般的に妥当する。与えられた期間における一国の流通過程は、一方では、同じ貨幣片がただ一度だけ場所を替え、ただ一回流通するだけの、多くの分散した、同時的な、空間的に並行する売り(または買い)すなわち部分変態を含んでいるが、他方では、同じ貨幣片が多かれ少なかれ何回もの流通を行なうような、あるいは並行し、あるいはからみ合う、多かれ少なかれいくつもの環から成っている変態列を含んでいる。とはいえ、流通しつつあるすべての同名の貨幣片の総流通回数からは、各個の貨幣片の平均流通回数または貨幣流通の平均速度がでてくる。たとえば一日の流通過程のはじめにそこに投げこまれる貨幣量は、もちろん、同時に空間的に並んで流通する諸商品の価格総額によって規定されている。しかし、この過程のなかでは、一つの貨幣片はいわば他の貨幣片のために連帯責任を負わされるのである。一方の貨幣片がその流通速度を速めれば、他方の貨幣片の流通速度が鈍くなるか、または、その貨幣片はまったく流通部面から飛び出てしまう。なぜならば、流通部面が吸収しうる金量は、その各個の要素の平均流通速度をかければ実現されるべき価格総額に等しくなるような量に限られるからである。それゆえ、貨幣片の流通回数が増せば、その流通量は減るのであり、貨幣片の流通回数が減れば、その量は増すのである。流通手段として機能しうる貨幣量は、平均速度が与えられていれば与えられているのだから、たとえば一定量の1ポンド圏を流通に投げこみさえすれば、同じ量のソヴリン貨をそこから投げだすことができるのである。これは、すべての銀行がよく心得ている【P158】芸当である。
(*76) 「生産物はそれ」(貨幣)「を動かし、それを流通させるものである。……その」(すなわち貨幣の)「運動の速度は、その量を補うものである。必要な場合には、それはただ人手から人手へと移るばかりで、一瞬も立ちどまらない。」(ル・トローヌ『社会的利益について』、……。)

<10>貨幣流通では一般にただ諸商品の流通過程が、すなわち反対の諸変態をつうじての諸商品の循環が、現われるだけであるが、同様に、貨幣流通の速さに現われるものも、商品の形態変換の速さ、諸変態列の連続的なからみ合い、物質代謝の速さ、流通過程からの諸商品の消失の速さ、そしてまた新たな諸商品の入れ替わりの速さである。つまり、貨幣流通の速さには、対立しながら互いに補いあう諸段階の、価値姿態への使用姿態の転化と使用姿態の価値姿態の再転化との、または売りと買いという両過程の、流動的な統一が現われる。逆に貨幣流通の緩慢化には、これらの過程の分離と対立的な独立化、形態変換したがってまた物質代謝の停滞が現われる。この停滞がどこから生ずるかは、もちろん、流通そのものを見てもわからない。流通はただ現象そのものを示すだけである。通俗的な見解は、貨幣流通が緩慢になるにつれて流通部面のあらゆる点で貨幣が現われては消える回数が少なくなるのを見るのであるが、このような見解がこの現象を流通手段の量の不足から説明しようとするのは、いかにもありそうなことである(*77)。
(*77)「貨幣は……【P159】……」(サー・ダッドリ・ノース『商業論』、……。)ヘレンシュヴァントのごまかしのすべては結局次のようなことになる。すなわち、商品の性質から生じ、したがって商品流通に現われるいろいろな矛盾は、流通手段の増加によって除去されうるということである。それにしても、生産過程および流通過程の停滞を流通手段の不足のせいにする世間一般の幻想からは、けっして、その逆に、流通手段の現実の不足、たとえば政府の拙劣な「通貨調節」策によるその不足が、それ自身また停滞をひき起こすことはありえない、ということにはならないのである。

<11>要するに、それぞれの期間に流通手段として機能する貨幣の総量は、一方では、流通する商品世界の価格総額によって、他方では、商品世界の対立的な流通過程の流れの緩急によって、規定されているのである。そして、この価格総額の何分の一が同じ貨幣片によって実現されうるかは、この流れの緩急によって定まるのである。また、諸商品の価格総額は、各商品種類の量と価格との両方によって定まる。ところが、この三つの要因、つまり価格の運動と流通商品量そして最後に貨幣の流通速度とは、違った方向に、違った割合で変動することができる。したがって、実現されるべき価格総額も、したがってそれによって制約される流通手段の量も、非常に多くの組み合わせの結果でありうるのである。ここでは、ただ商品価格の歴史上最も重要なものだけをあげておこう。
<12>商品価格が変わらない場合には、流通手段の量が増大しうるのは、流通商品量が増加するからであるか、または貨幣の流通速度が下がるからであるか、または両方がいっしょに作用するからである。逆に、流通手段の量は、商【P160】品量の減少または流通速度の増大につれて減少することがありうる。
<13>商品価格が一般的に上がっても、流通手段の量が不変でありうるのは、商品価格が上がるのと同じ割合で流通商品量が減少する場合か、または流通商品量は変わらないが、価格の上昇と同じ速さで貨幣の流通速度が増す場合かである。流通手段の量が減少しうるのは、商品量が価格上昇よりもはやく減少するか、または流通速度が価格の上昇よりもはやく増すからである。
<14>商品価格が一般的に下がっても、流通手段の量が不変のままでありうるのは、商品価格が下がるのと同じ割合で商品量が増大するか、または価格が下がるのと同じ割合で貨幣の流通速度が落ちる場合である。流通手段の量が増大しうるのは、商品価格が下がるのよりももっと速く商品量が増大するか、または商品価格が下がるのよりももっと速く流通速度が落ちる場合である。
<15>いろいろな要因の変動が互いに相殺されて、これらの要因の絶え間ない不安定にもかかわらず、実現されるべき商品価格の総額が変わらず、したがってまた流通貨幣量も変わらないことがありうる。それゆえ、ことに、いくらか長い期間を考察すれば、外観から予想されるよりもずっと不変的な、それぞれの国で流通する貨幣量の平均水準が見いだされるのであり、また、周期的に生産恐慌や商業恐慌から生ずる、またもっとまれには貨幣価値そのものの変動から生ずるひどい混乱を別とすれば、外観から予想されるよりもずっとわずかな、この平均水準からの偏差が見いだされるのである。
<16>流通手段の量は、流通する商品の価格総額と貨幣流通の平均速度によって規定されているという法則(*78)は、次のようにも表現することができる。すなわち、諸商品の価値総額とその変態の平均速度が与えられていれば、流通する貨幣または貨幣材料の量は、それ自身の価値によって定まる、と。これとは逆に商品価格は流通手段の量によって規定され、流通手段の量はまた一国に存在する貨幣材料の量によって規定される、という幻想(*79)は、その最初の【P161】代表者たちにあっては、商品は価格をもたずに流通過程にはいり、また貨幣は価値をもたずに流通過程にはいってきて、そこで雑多な商品群の一可除部分と金属の山の一可除部分が交換されるのだ、というばかげた仮説に根ざしているのである(*80)。
(*78) 「一国の産業を運営してゆくのに必要な貨幣には一定の標準と割合とがあるのであって、それより多くても少なくても、産業に害を及ぼすであろう。これは、ちょうど、小売商業で、銀貨をくずすとか、最小の銀貨でも清算できない勘定をすませるとかするために、ある割合のファージング貨が必要であるようなものである。……ところで、商業で必要なファージング貨の数の割合が、人民の数や彼らの交換の度数から推定することができ、またことに最小の銀貨の価値からも推定することができるように、それと同じやり方で、われわれの産業で必要な貨幣」(金銀貨)「の割合も、やはり交換の度数から、また支払の大きさから推定することができるのである。」(ウィリアム・ペティ『租税貢納論』、……1667年、……。)ヒュームの学説は、J・スチュアートなどに反対してA・ヤングによって『政治算術』(1774年)のなかで弁護されており、この書の112頁以下には特に『価格は貨幣量によって定まる』という一章がある。私は『経済学批判』の149頁〔第13巻、142、3原P〕で「彼(A・スミス)は、まったくまちがって貨幣を単なる商品として取り扱うことによって、流通鋳貨量についての問題を暗黙のうちにかたづけてしまっている」と述べておいた。こう言えるのは、ただ、A・スミスが職務上貨幣を論じている場合だけのことである。しかし、ときには、たとえば以前の経済学の諸体系の批判では、正しいことを言っている。「鋳貨の量は、どの国でも、それによって流通させられるべき諸商品の価値によって規制される。……ある一国で年々売買される財貨の価値は、これらの財貨を流通させ適当な消費者たちに分配するために一定量の貨幣を必要とするが、それよりも多くの貨幣を働かせることはできない。流通の水路は、それを満たすに足りるだけの額をかならずひき入れるが、それよりも大きな額はけっして受け入れない。」(『諸国民の富』、第4編、第1章〔岩波文庫版、(3)26、28頁〕)同様に、A・スミスは彼の著書を職務上では分業の礼賛で始めている。あとになって、国家収入の源泉を論じている最後の篇では、彼は、おりにふれて、彼の師ファーガソンの分業の非難を再生産している。
【P162】(*79) 「どの国でも、金銀が国民のあいだで増加するにつれて、物価はたしかに上がっていくであろう。したがってまた、ある国で金銀が減少すれば、すべての物価は、このような貨幣の減少に比例して下落せざるをえない。」(ジェーコブ・ヴァンダリント『貨幣万能論』、1734年、……。)ヴァンダリントとヒュームの『小論集』(……)とをもっと詳しく比較してみると、ヴァンダリントのとにかく重要な著書をヒュームが知っていて利用したということは、私にはまったく疑う余地のないことに思われる。流通手段の量が価格を規定するという見解は、バーボンやもっとずっと古い著述家にも見られる。ヴァンダリントは次のように言っている。「無制限な貿易によっては、何の不都合も生ずるものではなく、かえって非常に大きな便益が生ずる。……というのは、もしそれによってその国の正金が減らされるならば、といってもそれを防ぐためにいろいろな禁止が考えられるのであるが、その正金を手に入れる諸国では、正金がそれらの諸国で増加するにつれて、おそらくすべての物価が騰貴するであろうからである。そして……わが国の製造品も、そのほかのすべてのものも、やがて、貿易差額をわが国に有利に転換するほどに安くなり、これによって再び貨幣を取りもどすであろう。」(同前、43、44頁。)
(*80) 各個の商品種類がそれぞれの価格によって全流通商品の価格総額の一要素をなしているということは、自明である。しかし、どうして、互いに通約されえないいろいろな使用価値が一団となって、一国にある金銀量と交換されるようになるのかは、まったく不可解である。商品世界は一つの単一な総商品であって各商品はただその一可除部分をなすだけだと言いくるめてしまえば、次のようなみごとな計算例がでてくる。総商品=xツェントナーの金、商品A=総商品の可除分=xツェントナーの金の同じ可除部分.モンテスキューにはりっぱにこれがでてくる。「世界に現存する金銀の量を、現存する商品の総計と比べてみれば、たしかに各個の生産物または商品を貨幣の一定量と比較することができる。世界にはただ一つの生産物またはただ一つの商品があるだけだと、または、ただ一つの商品が買われるだけだと仮定し、またこの商品が貨幣と同じに分割可能なものだと仮定すれば、その場合には、この商品のある一部分は貨幣量の一部分に相当するであろう。商品の総計の半分は貨幣総量の半分に。……諸物の価格は、根本的には、つねに貨幣章標の総量にたいする諸物の総量の比率によって定まるのである。」(モンテスキュー『法の精神』、……。)リカードやその弟子のジェームズ・ミルやロード・オーヴァストンたちによるこの説のいっそうの展開については、『経済学【P163】批判』、140-146頁、および150頁以下参照。〔第13巻、134-140原Pおよび143原P。〕J・S・ミル氏は、彼の得意とする折衷論理を用いて、彼の父ジェームズ・ミルと同意見であると同時にその反対者たちとも同意見だと称する術を心得ている。彼の概説書『経済学原理』の本文と、彼が自ら現代のアダム・スミスだと名乗りを上げているその序文(第1版)とを比べてみると、この男の素朴さと、彼の言うことを信じて彼をアダム・スミスだと買いかぶっている読者の素朴さと、どちらにより多く驚嘆してよいのかわからないのであるが、アダム・スミスにたいするこの男の関係は、ちょうどウェリントン公にたいするカルス准男爵ウィリアム将軍の関係のようなものである。経済学の領域でのJ・S・ミル氏の広範囲でもなければ内容豊富でもない独創的な諸研究は、1844年に出た彼の小著『経済学の未解決の諸問題』のなかに、すべてが隊伍を組んで行進しているのが見いだされるのである。ロックは、金銀の無価値性と、量による金銀の価値の規定との関連を、あからさまに語っている。『人類は、金銀に想像的な価値を与えることに同意したのだから、……これらの金属に見られる内在的な価値は、量以外のなにものでもないのである。」(『諸考察』、1691年、……。)

 

c 鋳貨 価値章標

<1>流通手段としての貨幣の機能からは、その鋳貨姿態が生ずる。諸商品の価格または貨幣名として想像されている金の重量部分は、流通のなかでは同名の金片または鋳貨として商品に相対しなければならない。価格の度量標準の確定と同様に、鋳造の仕事は国家の手に帰する。金銀が鋳貨として身につけ世界市場では再び脱ぎすてるいろいろな国家的制服には、商品流通の国内的または国民的部面とその一般的な世界市場部面との分離が現われている。
<2>要するに、金鋳貨と金地金とは元来はただ外形によって区別されるだけで、金はいつでも一方の形態から他方の形態に変わることができるのである(*81)。しかし、鋳造所からの道は同時に坩堝への道でもある。すなわち、流通して【P164】いるうちに金鋳貨は、あるものはより多く、あるものはより少なく摩滅する。金の称号と金の実体とが、名目純分と実質純分とが、その分離過程を開始する。同名の金鋳貨でも、重量が違うために、価値の違うものになる。流通手段としての金は価格の度量標準としての金から離れ、したがってまた、それによって価格を実現される諸商品の現実の等価物ではなくなる。18世紀までの中世および近世の鋳貨史は、このような混乱の歴史をなしている。鋳貨の金存在を金仮象に転化させるという、すなわち鋳貨をその公称金属純分の象徴に転化させるという、流通過程の自然発生的な傾向は、金属喪失が一個の金貨を通用不能にし廃貨とするその程度についての最も近代的な法律によっても承認されているところである。
(*81) 造幣手数料やその他の細目を論ずることは、もちろん、まったく私の目的外のことである。だが、「イギリス政府が無料で鋳造する」という「たいした気まえのよさ」を賛嘆するロマン主義のへつらいものアダム・ミューラーにたいしては、サー・ダッドリ・ノースの次のような批判がある。「金銀には、他の諸商品と同じに、その干満がある。スペインから多量に到着すると……それは造幣所に運ばれて鋳造される。やがて輸出されるために地金にたいする需要が再び現われるというのに。もし地金がなくて、たまたま全部が鋳貨になっているとすれば、どうなるか? 再びそれを鋳つぶす。そうしても損はない。というのは、鋳造は貨幣所有者に少しも費用をかけないからである。こうして、国民はひどいめにあわされ、ろばに食わせるために藁〔わら〕をなう費用を支払わされた。もし商人が」(ノース自身もチャールズ2世時代の最大の商人の一人だった)「鋳造料を支払わされたとすれば、彼はよく考えずに銀を造幣所に送ることはしなかったであろう。そして鋳造された貨幣はつねに未鋳造の銀よりも高い価値を保つであろう。」(ノース『交易論』……。)

<3>貨幣流通そのものが鋳貨の実質純分を名目純分から分離し、その金属定在をその機能的定在から分離するとすれば、貨幣流通は、金属流通がその鋳貨機能では他の材料から成り立っている章標または象徴によって置き替えられるという可能性を、潜在的に含んでいる。金または銀の微少な重量部分を鋳造することの技術上の障害、また、最初は【P165】より高級な金属のかわりにより低級な金属が、金のかわりに銀が、銀のかわりに銅が価値尺度として役だっており、したがってより高級な金属がそれらを退位させる瞬間にそれらが貨幣として流通しているという事情は、銀製や銅製の章標が金鋳貨の代理として演ずる役割を歴史的に説明する。これらの金属が金の代理をするのは、商品流通のなかでも、鋳貨が最も急速に流通し、したがって最も急速に摩滅するような、すなわち売買が最小の規模で絶え間なく繰り返されるような領域である。これらの衛星が金そのものの地位に定着するのを阻止するために、金のかわりにこれらの金属だけが支払われる場合にそれを受け取らなければならない割合が、法律によって非常に低く規定される。いろいろな鋳貨種類が流通する特殊な諸領域は、もちろん、互いに入りまじっている。補助貨幣は、最小の金鋳貨の何分の一かの支払いのために金と並んで現われる。金は、絶えず小額流通にはいるが、補助鋳貨との引きかえによって同様に絶えずそこから投げだされる(*82)。
(*82) 「もし銀貨が、小額支払用に必要な量を決して越えないならば、それを集めても大額支払用に十分な量にすることはできない。……大口での支払での金の使用は、必然的に、小売取引での金貨の使用をも含んでいる。金貨を持っている人々は、小額の買い物でもそれを差し出して、買った商品といっしょに釣銭を銀貨で受け取るからである。こういうやり方で、そうでなければ小売商人を悩ますであろうこの余分な銀貨が引きあげられて、一般的流通に散布されるのである。しかし、もし金貨に頼らずに小額の支払を処理できるほど多くの銀貨があるとすれば、小売商人は小額の買い物にたいしては銀貨を受け取らなければならない。そうすれば、銀貨はどうしても彼の手にたまらざるをえないのである。」(デーヴィッド・ビュキャナン『イギリスの租税および商業政策の研究』、1844年、……。)

<4>銀製や銅製の章標の金属純分は、法律によって任意に規定されている。それらは、流通しているうちに金鋳貨よりももっと速く摩滅する。それゆえ、それらの鋳貨機能は事実上それらの重量にはかかわりのないものになる。すなわち、およそ価値というものにはかかわりないものになる。金の鋳貨定在は完全にその価値実体から分離する。つまり、相対的に無価値なもの、紙券が、金に代わって鋳貨として機能することができる。金属性の貨幣章標では純粋に象徴的な性格はまだいくらか隠されている。紙幣では、それが一見してわかるように現われている。要するに、困難なのはただ一歩だけだというわけである。
<5>ここで問題にするのは、ただ、強制通用力のある国家紙幣だけである。それは直接に金属流通から生まれてくる。これに反して、信用貨幣は、単純な商品流通の立場からはまだまったくわれわれに知られていない諸関係を前提とする。だが、ついでに言えば、本来の紙幣が流通手段としての貨幣の機能から生ずるように、信用貨幣は、支払手段としての貨幣の機能にその自然発生的な根源をもっているのである(*83)。
(*83) 財政官の王茂蔭〔19世紀中ごろの清朝の戸部侍郎〕は、シナの国家紙幣を兌換銀行券に変えることをひそかなねらいとした一案を天子に呈しようと思いついた。1854年4月の紙幣委員会の報告では、彼は手ひどくきめつけられている。例によって、彼が竹の笞〔むち〕でめちゃくちゃにたたかれたかどうかということまでは、述べられては鋳ないが。報告は最後に次のように述べている。「委員会は、彼の案を入念に検討した結果、この案ではいっさいが商人の利益になってしまい皇帝に有利なものはなにもないということを見いだした。」(『北京駐在ロシア帝国公使館のシナに関する研究』。ドクトル・K・アーベルおよびF・A・メクレンブルグによるロシア語からの翻訳。……。)流通による金鋳貨の不断の摩滅について、イングランド銀行のある「総裁」は、「上院委員会」(『銀行法』に関する)で証人として次のように述べている。「毎年一部の新しいソヴリン」(政治上のそれではなく、ソヴリンとはポンド・スターリングの名称である)「が軽すぎるようになる。ある年に量目十分として通る部類が、翌年は天秤の反対側の皿が下がるほどまで摩滅してしまう。」(上院委員会、1848年、……。)

<6>1ポンド・スターリングとか5ポンド・スターリングなどの貨幣名の印刷されてある紙券が、国家によって外から流通過程に投げこまれる。それが現実に同名の金の額に代わって流通するかぎり、その運動にはただ貨幣流通そのものの諸法則が反映するだけである。紙幣流通の独自な法則は、ただ金にたいする紙幣の代表関係から生じうる【P167】だけである。そして、この法則は、簡単に言えば、次のようなことである。すなわち、紙幣の発行は、紙幣によって象徴的に表わされる金(または銀)が現実に流通しなければならないであろう量に制限されるべきである、というのである。ところで、流通部面が吸収しうる金量は、たしかに、ある平均水準の上下に絶えず動揺している。とはいえ、与えられた一国における流通手段の量は、経験的に確認される一定の最小限より下にはけっして下がらない。この最小限が絶えずその成分を取り替えるということ、すなわち、つねに違った金片から成っているということは、もちろん、この最小量の大きさを少しも変えはしないし、それが流通部面を絶えず駆けまわっているということを少しも変えはしない。それだからこそ、この最小量は紙製の象徴によって置き替えられることができるのである。これに反して、もし今日すべての流通水路がその貨幣吸収能力の最大限度まで紙幣で満たされてしまうならば、これらの水路は、商品流通の変動のために明日はあふれてしまうかもしれない。およそ限度というものがなくなってしまうのである。しかし、紙幣がその限度、すなわち流通しうるであろう同じ名称の金鋳貨の量を越えても、それは、一般的な信用崩壊の危険は別として、商品世界のなかでは、やはり、この世界の内在的な諸法則によって規定されている金量、つまりちょうど代表されうるだけの金量を表わしているのである。紙券の量が、たとえば1オンスずつの金のかわりに2オンスずつの金の量を表わすとすれば、事実上、たとえば1ポンド・スターリングは、たとえば1/4オンスの金のかわりに1/8オンスの金の貨幣名となる。結果は、ちょうど価格の尺度としての金の機能が変えられたようなものである。したがって、以前は1ポンドという価格で表わされていたのと同じ価値が、いまでは2ポンドという価格で表わされることになるのである。
<7>紙幣は金章標または貨幣章標である。紙幣の商品価値にたいする関係は、ただ、紙幣によって象徴的感覚的に表わされているのと同じ金量で商品価値が観念的に表わされているということにあるだけである。ただ、すべての他の商品量と同じにやはり価値量である金量を紙幣が代表するかぎりにおいてのみ、紙幣は価値章標なのである(*84)。
【P168】(*84) 第2版への注。貨幣のことについての最良の著述家たちでさえ、貨幣のいろいろな機能をどんなに不明瞭にしか理解していないかは、たとえばフラトーンからの次の箇所に示されている。「われわれの国内取引に関するかぎりでは、通常は金銀鋳貨によって果たされる貨幣機能のすべてが、法律によって与えられる人為的習慣的な価値のほかにはなんの価値もない不換紙幣の流通のよっても同様に有効に遂行されうるということは、思うに、否定することのできない事実である。この種の価値は、その発行高が適当な限度内に保たれていさえすれば、内在的な価値のすべての目的に役だてられることができ、また度量標準の必要をさえなくすことができるのである。」(フラートン『通貨調節論』、第2版、1845年……。)つまり、貨幣商品は、流通のなかでは単なる価値章標によって代理されることができるのだから、価値の尺度としても価格の度量標準としても不要だというのである!

<8>最後に問題になるのは、なぜ金はそれ自身の単なる無価値な章標によって代理されることができるのか? ということである。しかし、すでに見たように、金がそのように代理されることができるのは、それがただ鋳貨または流通手段としてのみ機能するものとして孤立化または独立化されるかぎりでのことである。ところで、この機能の独立化は、摩滅した金貨が引き続き流通するということのうちに現われるとはいえ、たしかにそれは一つ一つの金鋳貨について行なわれるのではない。金貨が単なる鋳貨または流通手段であるのは、ただ、それが現実に流通しているあいだだけのことである。しかし、一つ一つの金鋳貨にはあてはまらないことが、紙幣によって代理されることができる最小量の金にはあてはまるのである。この最小量の金は、つねに流通部面に住んでいて、ひきつづき流通手段として機能し、したがってただこの機能の担い手としてのみ存在する。だから、その運動は、ただ商品変態W─G─Wの相対する諸過程の継続的な相互変換を表わしているだけであり、これらの過程では商品にたいしてその価値姿態が相対したかと思えばそれはまたすぐに消えてしまうのである。商品の交換価値の独立的表示はここではただ瞬間的な契機でしかない。それは、またすぐに他の商品にとって代わられる。それだから、貨幣を絶え【P169】ず一つの手から別の手に遠ざけて行く過程では、貨幣の単に象徴的な存在でも十分なのである。いわば、貨幣の機能的定在が貨幣の物質的定在を吸収するのである。商品価格の瞬間的に客体化された反射としては、貨幣はただそれ自身の章標として機能するだけであり、したがってまた章標によって代理されることができるのである(*85)。しかし、貨幣の章標はそれ自身の客観的に社会的な有効性を必要とするのであって、これを紙製の象徴は強制通用力によって与えられるのである。ただ、一つの共同体の境界によって画された、または国内の、流通部面のなかだけでこの国家強制は有効なのであるが、しかしまた、ただこの流通部面のなかだけで貨幣はまったく流通手段または鋳貨としてのその機能に解消してしまうのであり、したがってまた、紙幣において、その金属実体から外的に分離された、ただ単に機能的な存在様式を受け取ることができるのである。
(*85) 金銀が、鋳貨としては、またはただ流通手段としての機能においては、それ自身の章標になるということから、ニコラス・バーボンは、「貨幣の価値を高める」政府の権利を導き出している。すなわち、たとえばグロッシェンと呼ばれる一定量の銀に、ターレルというようなもっと大きな銀量の名称を与え、こうして債権者にはターレルのかわりにグロッシェンを返済する、というようにである。「貨幣は、何度も数えられることによって、摩滅して軽くなる。……人々が取引のさいに気をつけるのは、貨幣の名称と通用力であって、銀の分量ではない。……金属を貨幣にするものは、金属にしるされた公の権威である。」(N・バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論及』……。)

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第3章 「貨幣または商品流通」 第1節 「価値の尺度」

【P125】 第3章 貨幣または商品流通

第1節 価値の尺度

<1>簡単にするために、本書ではどこでも金を貨幣商品として前提する。
<2>金の第一の機能は、商品世界にその価値表現の材料を提供すること、または、諸商品価値を同名の大きさ、すなわち質的に同じで量的に比較の可能な大きさとして表わすことにある。こうして、金は諸価値の一般的尺度として機能し、ただこの機能によってのみ、金という独自な等価物商品はまず貨幣になるのである。
<3>諸商品は、貨幣によって通約可能になるのではない。逆である。すべての商品が価値としては対象化された人間労働であり、したがって、それら自体として通約可能だからこそ、すべての商品は、自分たちの価値を同じ独自な一商品で共同に計ることができるのであり、また、そうすることによって、この独自な一商品を自分たちの共通な価値尺度すなわち貨幣に転化させることができるのである。価値尺度としての貨幣は、諸商品の内在的な価値尺度の、すなわち労働時間の、必然的な現象形態である。(*50)
(*50) なぜ貨幣は直接に労働時間そのものを代表しないのか、なぜ、たとえば一枚の書きつけが労働時間を表わすというようにならないのか、という問いは、まったく簡単に、なぜ商品生産の基礎の上では労働生産物は商品として表わされなければな【P126】らないのか、という問いに帰着する。なぜならば、商品という表示は商品と貨幣商品とへの商品の二重化を含んでいるからである。または、なぜ私的労働は、直接に社会的な労働として、つまりその反対物として、取り扱われることができないのか、という問いに帰着する。商品生産の基礎の上での「労働貨幣」という浅薄なユートピア主義については私は別のところで詳しく論じておいた。(カール・マルクス『経済学批判』、61頁以下。〔13巻、66原P以下〕)

<4>一商品の金での価値表現──x量の商品A=y量の貨幣商品──は、その商品の貨幣形態またはその商品の価格である。いまでは、鉄価値を社会的に通用するように表わすためには、1トンの鉄=2オンスの金 というような一つの単独な等式で十分である。この等式は、もはや、他の諸商品の価値等式といっしょに列をつくって行進する必要はない。というのは、等価物商品である金は、すでに貨幣の性格をもっているからである。それゆえ、諸商品の一般的な相対的価値形態は、いまでは再びその最初の単純な、または個別的な相対的価値形態の姿をもっているのである。他方、展開された相対的価値表現、または多くの相対的価値表現の無限の列は、貨幣商品の独自な相対的価値形態になる。しかし、この列は、いまではすでに諸商品価格のうちに社会的に与えられている。物価表を逆に読めば、貨幣の価値量がありとあらゆる商品で表わされているのが見いだされる。これに反して、貨幣は価格をもっていない。このような、他の諸商品の統一的な相対的価値形態に参加するためには、貨幣はそれ自身の等価物としてのそれ自身に関係させられなければならないであろう。
<5>商品の価格または貨幣形態は、商品の価値形態一般と同様に、商品の、手につかめる実在的な物体形態からは区【P127】別された、したがって単に観念的なまたは想像された形態である。鉄やリンネルや小麦などの価値は目に見えないとはいえ、これらの物そのもののうちに存在する。この価値は、これらの物の金との同等性によって、いわばただこれらの物の頭のなかにあるだけの金との関係によって、想像される。それだから、商品の番人は、これらの物の価格を外界に伝えるためには、自分の舌をこれらの物の頭のなかに突っ込むか、または、これらの物に紙札をぶらさげるかしなければならないのである。(*51)商品価値の金による表現は観念的なものだから、この機能のためにも、ただ想像されただけの、すなわち観念的な、金を用いることができる。商品の番人がだれでも知っているように、彼が自分の商品の価値に価格という形態または想像された金形態を与えても、まだまだ彼はその商品を金に化したわけではないし、また、彼は、何百万の商品価値を金で評価するためにも、現実の金を一片も必要としないのである。それゆえ、その価値尺度機能においては、貨幣は、ただ想像されただけの、すなわち観念的な、貨幣として役立つのである。この事情は、まったくばかげた理論が現われるきっかけになった。(*52)価値尺度機能のためには、ただ想像されただけの貨幣が役だつとはいえ、価格はまったく実在の貨幣材料によって定まるのである。たとえば1トンの鉄に含まれる価値、すなわち人間労働の一定量は、同じ量の労働を含む想像された貨幣商品量で表わされる。だから、金や銀や銅のどれが価値尺度として役だつかによって、1トンの鉄の価値は、まったく違った価格表現を与えられる。すなわち、まったく違った量の金や銀や銅で表わされるのである。
(*51) 未開人や半未開人は、変わった舌の使い方をする。たとえば船長パリはバッフィン湾〔グリーンランド〕の西岸の住民について次のように述べている。「この場合に」(生産物交換のさいに)「……彼らはそれ」(彼らに提出されたもの)「を二度舌でなめた。そのあとで、彼らは取引が満足に終わったと思っているように見えた。」……【P128】
(*52) カール・マルクス『経済学批判』の中の『貨幣の度量単位に関する諸学説』、53頁以下を見よ。〔第13巻、59原P以下〕

<6>それゆえ、もし二つの違った商品、たとえば金と銀とが同時に価値尺度として役だつとすれば、すべての商品はふたとおりの違った価格表現、すなわち金価格と銀価格とをもつことになる。これらの価格表現は、銀と金との価値比率、たとえば1対15というようなそれが不変であるかぎり、無事に相並んで用いられる。しかし、この価値比率の変動が起こるたびに、それは諸商品の金価格と銀価格との比率を攪乱して、この事実によって、価値尺度の二重化がその機能と矛盾することを示すのである(*53)
(*53) 第2版への注。「金と銀とが法律上貨幣として、すなわち価値尺度として並存する場合には、これらを一つの同じ物質として取り扱おうとするむだな試みが絶えずなされてきた。もし、同じ労働時間が変わることなく同じ割合の銀と金とに対象化されると想定するならば、それは、事実上、銀と金とが同じ物質であるということ、そして、価値の低いほうの金属である銀の一定量は一定の金量の不変の一部分をなしているということを想定するものである。エドワード3世の治世からジョージ2世の時代に至るまで、イギリスの貨幣制度の歴史は、金と銀との価値比率の法律による固定と金銀の現実の価値変動との衝突から生ずる絶えまない混乱の連続をなしている。あるときは金が、あるときは銀が、高すぎる評価を受けた。低すぎる<高すぎる? P188原注でリカードは「鋳貨が輸出されるのは、それがやすいせい」と言っている>評価を受けた金属は流通から引きあげられ、融解され、輸出された。そこで、両金属の価値比率は再び法律によって変更されたが、この新しい名目価値もやがてはもとの名目価値と同様に現実の価値比率と衝突することになった。──われわれ自身の時代には、インドやシナの銀需要の結果として銀に対して金がほんのわずかばかり一時的に価値下落したことがフランスで同じ現【P129】象を最大の規模で生み出した。すなわち銀が輸出され、金によって流通から追い出された。1855年、1856年、1857年にはフランスからの金輸出にたいするフランスへの金輸入の超過<金輸入超過>は4158万ポンド・スターリングだったが、銀輸入にたいする銀輸出の超過<銀輸出超過>は3470万5千ポンド・スターリングだった。両金属が法定の価値尺度である諸国、したがって、どちらで支払われても受け取らなければならないがしかしだれでも金銀どちらででも任意に支払うことのできる諸国では、実際には、価値の上がる金属には打歩〔うちぶ〕がついて、他の各商品と同じに、過大評価されたほうの金属で自分の価格を計るのであって、この過大評価された金属だけが価値尺度として役だつのである。この分野でのいっさいの歴史的経験は、簡単に次のことに帰着する。すなわち、法律によって二つの商品に価値尺度機能が認められているところでは、事実上は常に一方の商品だけが価値尺度としての地位を維持する、ということである。」(カール・マルクス『経済学批判』、52,53頁。〔第13巻、58、59原P〕)

<7>価格の決まっている商品は、すべて、 a量の商品A=x量の金、b量の商品B=z量の金、c量の商品C=y量の金 というような形で表わされる。ここでは、a、b、cはそれぞれ商品種類A、B、Cの一定量を表わしており、x、z,yはそれぞれ金の一定量を表わしている。それだから、商品価値はいろいろな大きさの想像された金量に転化されているのであり、つまり、商品体が種々雑多であるにもかかわらず、同名の量に、すなわち金量に、転化されているのである。このようないろいろな金量として、諸商品の価値は互いに比較され、計られるのであって、技術上、これらの金量を、それらの度量単位としての或る固定された金量に関係させる必要が大きくなってくる。この度量単位そのものは、さらにいくつもの可除部分に分割されることによって、度量標準に発展する。金や銀や銅は、それらが貨幣になる以前に、すでにこのような度量標準をそれらの金属重量においてもっている。たとえば、1ポンドは度量単位として役だち、それが一方ではさらに分割されてオンスなどとなり、他方では合計されてツェントナーなどとなるのである。(*54)それだから、すべて金属流通では、重量の度量標準の有り合わせの名称がま【P130】た貨幣の度量標準または価格の度量標準の元来の名称にもなっているのである。
(*54) 第2版への注。貨幣度量標準の単位としての、イギリスにおける1オンスの金が可除部分に分割されていないという奇妙な事態は、次のように説明される。「わが国の鋳貨制度は、元来はただ銀の使用だけに適合したものだった。それゆえ、1オンスの銀は、いつでも、ある適当な個数の鋳貨に分割することができるのである。ところが、金は、もっとあとの時代になってから、銀だけに適合していた鋳貨制度のなかにもちこまれたので、1オンスの金は、割りきれる個数に鋳造することはできないのである。」(マクラレン『通貨史』、1858年、……。)

<8>価値の尺度および価格の度量標準として、貨幣は二つのまったく違った機能を行なう。貨幣が価値の尺度であるのは、人間労働の社会的化身としてであり、価格の度量標準であるのは、固定した金属重量としてである。それは、価値尺度としては、種々雑多な商品の価値を価格に、すなわち想像された金量に転化させるのに役だち、価格の度量標準としては、この金量を計る。価値の尺度では諸商品が価値として計られるのであるが、これにたいして、価格の度量標準は、いろいろな金量をある一つの金量で計るのであって、ある金量の価値を他の金量の重量で量るのではない。価格の度量標準のためには、一定の金重量が度量単位として固定されなければならない。この場合には、すべての他の同名の量の度量規定の場合と同じに、度量比率の固定性が決定的である。したがって、価格の度量標準は、一つの同じ金量が度量単位として役だつことが不変的であればあるほど、その機能をよりよく果たすのである。価値の尺度として金が役だつことができるのは、ただ、金そのものが労働生産物、つまり可能性から見て一つの可変的な価値であるからこそである(*55)。
(*55) 第2版への注。イギリスの著述では、価値の尺度(measureofvalue)と価格の度量標準(standardofvalue)とについての混乱が、なんとも言えないほどひどい。諸機能が、したがってまたそれらの名称も、絶えず混同されている。

<9>まず第一に明らかなことは、金の価値変動は、金が価格の度量標準として機能することをけっして妨げないとい【P131】うことである。金価値がどんなに変動しても、いろいろな金量は相変わらず互いに同じ価値関係を保っている。金価値が1000%下落したとしても、12オンスの金は相変わらず1オンスの金の12倍の価値をもっているであろう。そして、価格ではただいろいろな金量の相互の関係だけが問題なのである。他方、1オンスの金がその価値の増減につれてその重量を変えることはけっしてないのだから、同様にその可除部分の重量も変わらないのであり、したがって、金は、その価値がどんなに変動しても、いろいろな価格の固定した度量標準としては、つねに同じ役だちをするのである。
<10>金の価値変動はまた金が価値尺度として機能することも妨げない。金の価値変動はすべての商品にたいして同時に起こるのだから、その他の事情が同じならば、金の価値変動は諸商品の相互の相対的価値には変化を起こさないのである。といっても、いまでは商品はみな以前よりも高いかまたは低い金価格で表わされるのではあるが。
<11>一商品の価値をなんらかの別の商品の使用価値で表わす場合と同様に、諸商品を金で評価する場合にも、そこ前提されているのは、ただ、一定の時には一定量の金の生産には一定量の労働が必要だということだけである。商品価格の運動に関しては、一般に、以前に展開された単純な相対的価値表現の諸法則があてはまるのである。
<12>商品価格が一般的に上がるのは、貨幣価値が変わらなければ、商品価値が上がる場合だけであり、商品価値が変わらなければ、貨幣価値が下がる場合だけである。逆に、商品価値が一般的に下がるのは、貨幣価値が変わらなければ、商品価値が下がる場合だけであり、商品価値が変わらなければ、貨幣価値が上がる場合だけである。だから、貨幣価値の上昇は商品価格の比例的な低下を必然にし、貨幣価値の低下は商品価格の比例的な上昇を必然にするということには、けっしてならないのである。そうなるということは、ただ価値の変わらなかった商品だけにあてはまることである。たとえば、その価値が貨幣価値と同程度に同時に上がる商品は、同じ価格を保っている。もし商品の価値が貨幣価値よりもおそく上がるかはやく上がるかすれば、その商品の価格の低下または上昇は、商品の価値【P132】運動と貨幣の価値運動との差によって規定される、等々。
<13>そこでまた価格形態の考察に帰るとしよう。
<14>種々の金属重量の貨幣名は、いろいろな原因によって、しだいにそれらの元来の重量名から離れてくるのであるが、その諸原因のうちでは次のものが歴史的に決定的である。(1)発展程度の低い諸民族における外国貨幣の輸入。たとえば、古代ローマでは金銀の鋳貨は最初は外国商品として流通していた。このような外国貨幣の名称は国内の重量名とは違っている。(2)富の発展につれて、あまり高級でない金属はより高級な金属によって価値尺度機能から駆逐される。銅は銀によって、銀は金によって。たとえこの順序がすべての詩的年代記と矛盾していようとも。(*56)たとえば、ポンドは、現実の1重量ポンドの銀を表わす貨幣名だった。金が価値尺度としての銀を駆逐するやいなや、同じ名称が、金と銀との価値比率にしたがって、たとえば15分の1ポンドというような金に付着する。貨幣名としてのポンドと、金の普通の重量名としてのポンドとは、いまでは別なものになっている(*57)。(3)何世紀にもわたって引き続き行なわれた王侯による貨幣変造。これは鋳貨の元来の重量から実際にはただ名称だけをあとに残した(*58)。
(*56) この順序はまた一般的な歴史的妥当性のあるものでもない。
(*57) 第2版への注。こうして、イギリスのポンドはその元来の重量の1/3よりもわずかを、連合以前のスコットランドのポンドはたった1/36を、フランスのルーブルは1/74を、スペインのマラペーディは1/1000よりもわずかを、ポルトガルのレイはもっとずっと小さな割合を表わしている。
(*58) 第2版への注。「その名称が今日ではもはや観念的でしかないような鋳貨は、どの国民にあっても最も古いものである。これらの名称はみなかつては実在的だったのであって、それらが実在的だったからこそ、それらで勘定がなされたのである。」(ガリアーニ『貨幣について』、同前、……。)

<15>このような歴史的な諸過程は、いろいろな金属重量の貨幣名がそれらの普通の重量名から分離することを国民的慣習【P133】にする。貨幣度量標準は、一方では純粋に慣習的であるが、他方では一般的な効力を必要とするので、結局は法律によって規制されることになる。貴金属の一定の重量部分、たとえば1オンスの金は公式にいくらの可除部分に分割されて、それらの部分にポンドとかターレル、とかいうような法定の洗礼名が与えられる。そこで、このような可除部分は、貨幣の固有の度量単位として認められるのであるが、それは、さらにシリングやペニーなどのような法定の洗礼名のついた別の諸可除部分に細分される(*59)。それでもやはり一定の金属重量が金属貨幣の度量標準である。変わったのは、分割と命名である。
(*59) 第2版への注。デーヴィッド・アーカート氏は、その『常用語』のなかで、1ポンド(ポンド・スターリング)というイギリスの貨幣度量標準の単位が今日では約1/4オンスの金に等しいという奇怪事(!)について述べている。「これは尺度の変造であって、度量標準の確定ではない」と。このような金重量の「偽称」のうちに、他のどこでもと同じに、彼は文明の偽造する手を見いだすのである。

<16>こうして、価格、または、商品の価値が観念的に転化されている金量は、いまでは金の度量単位の貨幣名または法律上有効な計算名で表現される。そこで、1クォーターの小麦は1オンスの金に等しいと言うのに代わって、イギリスでならば、それは3ポンド・スターリング17シリング10・1/2ペンスに等しいと言われることになるであろう。このようにして、諸商品は、自分たちがどれほどに値するかを、自分たちの貨幣名で互いに語りあうのであり、そして、貨幣は、ある物を価値として、したがって貨幣形態に、固定することが必要なときには、いつでも計算貨幣として役立つのである。(*60)
(*60) 第2版への注。「ひとがアナカルシスに、ギリシャ人はなんのために貨幣を用いるのか、と問うたとき、彼は答えた。計算のために、と。」(アテナイオス『学者の饗宴』……)

<17>【P134】ある物の名称は、その物の性質にとってはまったく外的なものである。ある人の名がヤコブだということを知っても、その人についてはなにもわからない。それと同じに、ポンドやターレルやフランやドゥカートなどという貨幣名では、価値関係の痕跡はすべて消えてしまっている。これらの不可思議な章標の秘義についての混乱は、貨幣名が諸商品の価値を表わすと同時に或る金属重量の、すなわち貨幣度量標準の可除部分をも表わすので、ますますはなはだしくなる。(*61)他面では、価値が、商品世界の雑多な物体から区別されて、このなんだかわからない物的な、しかしまた純粋に社会的な形態に達するまで発展をつづける、ということは必然的なのである(*62)。
(*61) 第2版への注。「価格の度量標準としての金は、商品価格と同じ計算名で現われ、したがって、たとえば1オンスの金は1トンの鉄の価値と同じに3ポンド17シリング10・1/2ペンスで表わされるので、このような金の計算名は金の鋳造価格と呼ばれてきた。このことから、あたかも金(または銀)はそれ自身の材料で評価され、すべての商品と違って国家によってある固定した価格を与えられるかのような、奇妙な考え方が生じた。一定の金重量の計算名を固定させることが、この重量の価値を固定させることと見まちがえられたのである。」(カール・マルクス『経済学批判』、52頁。〔第13巻、58原P〕)。
(*62) 『経済学批判』のなかの『貨幣の度量単位に関する諸学説』、53頁以下参照。〔第13巻、59原P〕「鋳造価格」の引上げや引下げ、それは、法律で固定された金または銀のいろいろな重量部分を表わす法定貨幣名を、国家の側から、より大きい、またはより小さい重量部分に転用すること、したがって、たとえば1/4オンスの金を将来は20シリングではなく40シリングに鋳造するというようなことになるのであるが──このような引上げや引下げについてのいろいろな幻想は、それらが国家的および私的債権者にたいする拙劣な財政操作を目的としないで経済的「奇跡療法」を目的とするかぎりでは、ペティが『貨幣小論、ハリファックス侯爵閣下に、1682年』のなかで十分に論じつくしたので、もっと後代の人々はもちろんのこと、すでに彼の直接の後継者たち、サー・ダッドリ・ノースやジョン・ロックでさえも、ただペティを平板化することしかできなかったのである。ことにペティは次のように言っている。「もし一国の富を一片の布告で10【P135】倍にもすることができるなら、わが国の為政者たちがもうずっと以前にそのような布告を発しなかったということは奇妙なことであろう。」(同前、36頁……)

<18>価格は、商品に対象化されている労働時間の貨幣名である。それだから、商品と、その名が商品の価格であるところの貨幣量とが等価だということは、一つの同義反復である。(*63)というのは、およそ一商品の相対的な価値表現はつねに二つの商品の等価性の表現だからである。しかし、商品の価値量の指標としての価格は、その商品と貨幣との交換割合の指標であるとしても、逆にその商品と貨幣との交換割合の指標は必然的にその商品の価値量の指標だということにはならないのである。かりに、同じ量の社会的必要労働時間が1クォーターの小麦と2ポンド・スターリング(約1/2オンスの金)とで表わされるとしよう。2ポンド・スターリングは、1クォーターの小麦の価値量の貨幣表現、すなわちその価格である。いま、事情が1クォーターの小麦を3ポンド・スターリングに値上げすることを許すか、またはそれを1ポンド・スターリングに値下げすることを強いるとすれば、1ポンド・スターリングと3ポンド・スターリングとは、この小麦の価値量の表現としては過小または過大であるが、それにもかかわらずそれらはこの小麦の価格である。というのは、第一にはそれはこの小麦の価値形態、貨幣であり、第二には小麦と貨幣との交換割合の指標だからである。生産条件が変わらないかぎり、または労働の生産力が変わらないかぎり、相変わらず1クォーターの小麦の再生産には同じだけの社会的必要労働時間が支出されなければならない。このような事情は、小麦生産者の意志にも他の商品所持者たちの意志にもかかわりがない。だから、商品の価値量は、社会的労働時間にたいする或る必然的な、その商品の形成過程に内在する関係を表わしているのである。価値量が価格に転化されるとともに、この必然的な関係は、一商品とその外にある貨幣商品との交換割合として現われる。しかし、この形態では、商品の価値量が表現されうるとともに、また、与えられた事情のもとでその商品が手放される場合の価値量以上または以下も表現されうる。だから、価格と価値量との量的な不一致の可能性、または価値量からの価格の偏差の可能性【P136】は、価格形態そのもののうちにあるのである。このことは、けっしてこの形態の欠陥ではなく、むしろ逆に、この形態を、一つの生産様式の、すなわち、そこでは原則がただ無原則性の盲目的に作用する平均法則としてのみ貫かれうるような生産様式の、適当な形態にするのである。
(*63) 「そうでなければ、貨幣での百万には、商品での同じ価値よりもより多くの価値があるということを、すでに認めなければならない。」(ル・トローヌ『社会的利益について』、……。)つまり、「ある価値には、同じ大きさの他の価値よりもより多くの価値があるということ」を認めなければならない。

<19>しかし、価格形態は、価値量と価格との、すなわち価値量とそれ自身の貨幣表現との、量的な不一致の可能性を許すだけではなく、一つの質的な矛盾、すなわち、貨幣はただ商品の価値形態でしかないにもかかわらず、価格がおよそ価値表現ではなくなるという矛盾を宿すことができる。それ自体としては商品ではないもの、たとえば良心や名誉などは、その所持者が貨幣とひきかえに売ることのできるものであり、こうしてその価格をつうじて商品形態を受け取ることができるのである。それゆえ、ある物は、価値を持つことなしに、形式的に価格をもつことができるのである。ここでは、価格表現は、数学のある種の量のように、想像的なものになる。他方、想像的な価格形態、たとえば、そこには人間労働が対象化されていないので少しも価値のない未開墾地の価格のようなものも、ある現実の価値関係、またはこれから派生した関係がひそませていることがありうるのである。
相対的価値形態一般がそうであるように、価格は、ある商品たとえば1トンの鉄の価値を、一定量の等価物たとえば1オンスの金が鉄と直接に交換されうるということによって表現するのであるが、けっして、逆に鉄のほうが金と直接に交換されうるということによって表現するのではない。だから、実際に交換価値の働きをするためには、商品は、その自然の肉体を捨て去って、ただ想像されただけの金から現実の金に転化しなければならない。たとえ商品にとってこの化体が、ヘーゲルの「概念」にとっての必然から自由への移行や、ざりがににとっての殻破りや、【P137】教父ヒエロニュムスにとっての原罪の脱却(*64)よりも、「もっとつらい」ことであろうとも。商品は、その実在の姿、たとえば鉄という姿のほかに、価格において観念的な価値姿態または想像された金姿態をもつことはできるが、しかし、現実に鉄であると同時に現実に金であることはできない。商品に価格を与えるためには、想像された金を商品に等置すればよい。商品がその所持者のために一般的な等価物の役を果たそうとするならば、それは金と取り替えられなければならない。たとえば、鉄の所持者がある享楽商品の所持者に対面して、彼に鉄価格を指し示して、これが貨幣形態だというならば、享楽商品の所持者は、天国で聖ペテロが自分の前で信仰箇条を暗誦したダンテに答えたように、答えるであろう。「この貨幣の混合物とその重さとは 汝すでによくしらべたり されど言え、汝はこれを己が財布のなかにもつや」
(*64) ヒエロニュムスが若いころに物質的な肉欲と激しく戦わなければならなかったことは、砂漠で美しい女人の幻像を相手にする彼の闘争が示すところであるが、また彼は晩年には精神的な肉欲と戦わなければならなかった。たとえば、彼は次のように言う。「私は心のなかでは世界審判者の前にいるのだと思った。」一つの声が聞いた。「汝はだれか?」と。「私はキリスト者です。」「偽りもの」と世界審判者はどなりつけた。「汝はキケロの徒にすぎない!」

<20>価格形態は、貨幣とひきかえに商品を手放すことの可能性とこの手放すことの必然性とを含んでいる。他方、金は、ただそれがすでに交換過程で貨幣商品としてかけまわっているからこそ、観念的な価値尺度として機能するの【P138】である。それゆえ、観念的な価値尺度のうちには堅い貨幣が待ち伏せしているのである。

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