第3章 「貨幣または商品流通」 第1節 「価値の尺度」

【P125】 第3章 貨幣または商品流通

第1節 価値の尺度

<1>簡単にするために、本書ではどこでも金を貨幣商品として前提する。
<2>金の第一の機能は、商品世界にその価値表現の材料を提供すること、または、諸商品価値を同名の大きさ、すなわち質的に同じで量的に比較の可能な大きさとして表わすことにある。こうして、金は諸価値の一般的尺度として機能し、ただこの機能によってのみ、金という独自な等価物商品はまず貨幣になるのである。
<3>諸商品は、貨幣によって通約可能になるのではない。逆である。すべての商品が価値としては対象化された人間労働であり、したがって、それら自体として通約可能だからこそ、すべての商品は、自分たちの価値を同じ独自な一商品で共同に計ることができるのであり、また、そうすることによって、この独自な一商品を自分たちの共通な価値尺度すなわち貨幣に転化させることができるのである。価値尺度としての貨幣は、諸商品の内在的な価値尺度の、すなわち労働時間の、必然的な現象形態である。(*50)
(*50) なぜ貨幣は直接に労働時間そのものを代表しないのか、なぜ、たとえば一枚の書きつけが労働時間を表わすというようにならないのか、という問いは、まったく簡単に、なぜ商品生産の基礎の上では労働生産物は商品として表わされなければな【P126】らないのか、という問いに帰着する。なぜならば、商品という表示は商品と貨幣商品とへの商品の二重化を含んでいるからである。または、なぜ私的労働は、直接に社会的な労働として、つまりその反対物として、取り扱われることができないのか、という問いに帰着する。商品生産の基礎の上での「労働貨幣」という浅薄なユートピア主義については私は別のところで詳しく論じておいた。(カール・マルクス『経済学批判』、61頁以下。〔13巻、66原P以下〕)

<4>一商品の金での価値表現──x量の商品A=y量の貨幣商品──は、その商品の貨幣形態またはその商品の価格である。いまでは、鉄価値を社会的に通用するように表わすためには、1トンの鉄=2オンスの金 というような一つの単独な等式で十分である。この等式は、もはや、他の諸商品の価値等式といっしょに列をつくって行進する必要はない。というのは、等価物商品である金は、すでに貨幣の性格をもっているからである。それゆえ、諸商品の一般的な相対的価値形態は、いまでは再びその最初の単純な、または個別的な相対的価値形態の姿をもっているのである。他方、展開された相対的価値表現、または多くの相対的価値表現の無限の列は、貨幣商品の独自な相対的価値形態になる。しかし、この列は、いまではすでに諸商品価格のうちに社会的に与えられている。物価表を逆に読めば、貨幣の価値量がありとあらゆる商品で表わされているのが見いだされる。これに反して、貨幣は価格をもっていない。このような、他の諸商品の統一的な相対的価値形態に参加するためには、貨幣はそれ自身の等価物としてのそれ自身に関係させられなければならないであろう。
<5>商品の価格または貨幣形態は、商品の価値形態一般と同様に、商品の、手につかめる実在的な物体形態からは区【P127】別された、したがって単に観念的なまたは想像された形態である。鉄やリンネルや小麦などの価値は目に見えないとはいえ、これらの物そのもののうちに存在する。この価値は、これらの物の金との同等性によって、いわばただこれらの物の頭のなかにあるだけの金との関係によって、想像される。それだから、商品の番人は、これらの物の価格を外界に伝えるためには、自分の舌をこれらの物の頭のなかに突っ込むか、または、これらの物に紙札をぶらさげるかしなければならないのである。(*51)商品価値の金による表現は観念的なものだから、この機能のためにも、ただ想像されただけの、すなわち観念的な、金を用いることができる。商品の番人がだれでも知っているように、彼が自分の商品の価値に価格という形態または想像された金形態を与えても、まだまだ彼はその商品を金に化したわけではないし、また、彼は、何百万の商品価値を金で評価するためにも、現実の金を一片も必要としないのである。それゆえ、その価値尺度機能においては、貨幣は、ただ想像されただけの、すなわち観念的な、貨幣として役立つのである。この事情は、まったくばかげた理論が現われるきっかけになった。(*52)価値尺度機能のためには、ただ想像されただけの貨幣が役だつとはいえ、価格はまったく実在の貨幣材料によって定まるのである。たとえば1トンの鉄に含まれる価値、すなわち人間労働の一定量は、同じ量の労働を含む想像された貨幣商品量で表わされる。だから、金や銀や銅のどれが価値尺度として役だつかによって、1トンの鉄の価値は、まったく違った価格表現を与えられる。すなわち、まったく違った量の金や銀や銅で表わされるのである。
(*51) 未開人や半未開人は、変わった舌の使い方をする。たとえば船長パリはバッフィン湾〔グリーンランド〕の西岸の住民について次のように述べている。「この場合に」(生産物交換のさいに)「……彼らはそれ」(彼らに提出されたもの)「を二度舌でなめた。そのあとで、彼らは取引が満足に終わったと思っているように見えた。」……【P128】
(*52) カール・マルクス『経済学批判』の中の『貨幣の度量単位に関する諸学説』、53頁以下を見よ。〔第13巻、59原P以下〕

<6>それゆえ、もし二つの違った商品、たとえば金と銀とが同時に価値尺度として役だつとすれば、すべての商品はふたとおりの違った価格表現、すなわち金価格と銀価格とをもつことになる。これらの価格表現は、銀と金との価値比率、たとえば1対15というようなそれが不変であるかぎり、無事に相並んで用いられる。しかし、この価値比率の変動が起こるたびに、それは諸商品の金価格と銀価格との比率を攪乱して、この事実によって、価値尺度の二重化がその機能と矛盾することを示すのである(*53)
(*53) 第2版への注。「金と銀とが法律上貨幣として、すなわち価値尺度として並存する場合には、これらを一つの同じ物質として取り扱おうとするむだな試みが絶えずなされてきた。もし、同じ労働時間が変わることなく同じ割合の銀と金とに対象化されると想定するならば、それは、事実上、銀と金とが同じ物質であるということ、そして、価値の低いほうの金属である銀の一定量は一定の金量の不変の一部分をなしているということを想定するものである。エドワード3世の治世からジョージ2世の時代に至るまで、イギリスの貨幣制度の歴史は、金と銀との価値比率の法律による固定と金銀の現実の価値変動との衝突から生ずる絶えまない混乱の連続をなしている。あるときは金が、あるときは銀が、高すぎる評価を受けた。低すぎる<高すぎる? P188原注でリカードは「鋳貨が輸出されるのは、それがやすいせい」と言っている>評価を受けた金属は流通から引きあげられ、融解され、輸出された。そこで、両金属の価値比率は再び法律によって変更されたが、この新しい名目価値もやがてはもとの名目価値と同様に現実の価値比率と衝突することになった。──われわれ自身の時代には、インドやシナの銀需要の結果として銀に対して金がほんのわずかばかり一時的に価値下落したことがフランスで同じ現【P129】象を最大の規模で生み出した。すなわち銀が輸出され、金によって流通から追い出された。1855年、1856年、1857年にはフランスからの金輸出にたいするフランスへの金輸入の超過<金輸入超過>は4158万ポンド・スターリングだったが、銀輸入にたいする銀輸出の超過<銀輸出超過>は3470万5千ポンド・スターリングだった。両金属が法定の価値尺度である諸国、したがって、どちらで支払われても受け取らなければならないがしかしだれでも金銀どちらででも任意に支払うことのできる諸国では、実際には、価値の上がる金属には打歩〔うちぶ〕がついて、他の各商品と同じに、過大評価されたほうの金属で自分の価格を計るのであって、この過大評価された金属だけが価値尺度として役だつのである。この分野でのいっさいの歴史的経験は、簡単に次のことに帰着する。すなわち、法律によって二つの商品に価値尺度機能が認められているところでは、事実上は常に一方の商品だけが価値尺度としての地位を維持する、ということである。」(カール・マルクス『経済学批判』、52,53頁。〔第13巻、58、59原P〕)

<7>価格の決まっている商品は、すべて、 a量の商品A=x量の金、b量の商品B=z量の金、c量の商品C=y量の金 というような形で表わされる。ここでは、a、b、cはそれぞれ商品種類A、B、Cの一定量を表わしており、x、z,yはそれぞれ金の一定量を表わしている。それだから、商品価値はいろいろな大きさの想像された金量に転化されているのであり、つまり、商品体が種々雑多であるにもかかわらず、同名の量に、すなわち金量に、転化されているのである。このようないろいろな金量として、諸商品の価値は互いに比較され、計られるのであって、技術上、これらの金量を、それらの度量単位としての或る固定された金量に関係させる必要が大きくなってくる。この度量単位そのものは、さらにいくつもの可除部分に分割されることによって、度量標準に発展する。金や銀や銅は、それらが貨幣になる以前に、すでにこのような度量標準をそれらの金属重量においてもっている。たとえば、1ポンドは度量単位として役だち、それが一方ではさらに分割されてオンスなどとなり、他方では合計されてツェントナーなどとなるのである。(*54)それだから、すべて金属流通では、重量の度量標準の有り合わせの名称がま【P130】た貨幣の度量標準または価格の度量標準の元来の名称にもなっているのである。
(*54) 第2版への注。貨幣度量標準の単位としての、イギリスにおける1オンスの金が可除部分に分割されていないという奇妙な事態は、次のように説明される。「わが国の鋳貨制度は、元来はただ銀の使用だけに適合したものだった。それゆえ、1オンスの銀は、いつでも、ある適当な個数の鋳貨に分割することができるのである。ところが、金は、もっとあとの時代になってから、銀だけに適合していた鋳貨制度のなかにもちこまれたので、1オンスの金は、割りきれる個数に鋳造することはできないのである。」(マクラレン『通貨史』、1858年、……。)

<8>価値の尺度および価格の度量標準として、貨幣は二つのまったく違った機能を行なう。貨幣が価値の尺度であるのは、人間労働の社会的化身としてであり、価格の度量標準であるのは、固定した金属重量としてである。それは、価値尺度としては、種々雑多な商品の価値を価格に、すなわち想像された金量に転化させるのに役だち、価格の度量標準としては、この金量を計る。価値の尺度では諸商品が価値として計られるのであるが、これにたいして、価格の度量標準は、いろいろな金量をある一つの金量で計るのであって、ある金量の価値を他の金量の重量で量るのではない。価格の度量標準のためには、一定の金重量が度量単位として固定されなければならない。この場合には、すべての他の同名の量の度量規定の場合と同じに、度量比率の固定性が決定的である。したがって、価格の度量標準は、一つの同じ金量が度量単位として役だつことが不変的であればあるほど、その機能をよりよく果たすのである。価値の尺度として金が役だつことができるのは、ただ、金そのものが労働生産物、つまり可能性から見て一つの可変的な価値であるからこそである(*55)。
(*55) 第2版への注。イギリスの著述では、価値の尺度(measureofvalue)と価格の度量標準(standardofvalue)とについての混乱が、なんとも言えないほどひどい。諸機能が、したがってまたそれらの名称も、絶えず混同されている。

<9>まず第一に明らかなことは、金の価値変動は、金が価格の度量標準として機能することをけっして妨げないとい【P131】うことである。金価値がどんなに変動しても、いろいろな金量は相変わらず互いに同じ価値関係を保っている。金価値が1000%下落したとしても、12オンスの金は相変わらず1オンスの金の12倍の価値をもっているであろう。そして、価格ではただいろいろな金量の相互の関係だけが問題なのである。他方、1オンスの金がその価値の増減につれてその重量を変えることはけっしてないのだから、同様にその可除部分の重量も変わらないのであり、したがって、金は、その価値がどんなに変動しても、いろいろな価格の固定した度量標準としては、つねに同じ役だちをするのである。
<10>金の価値変動はまた金が価値尺度として機能することも妨げない。金の価値変動はすべての商品にたいして同時に起こるのだから、その他の事情が同じならば、金の価値変動は諸商品の相互の相対的価値には変化を起こさないのである。といっても、いまでは商品はみな以前よりも高いかまたは低い金価格で表わされるのではあるが。
<11>一商品の価値をなんらかの別の商品の使用価値で表わす場合と同様に、諸商品を金で評価する場合にも、そこ前提されているのは、ただ、一定の時には一定量の金の生産には一定量の労働が必要だということだけである。商品価格の運動に関しては、一般に、以前に展開された単純な相対的価値表現の諸法則があてはまるのである。
<12>商品価格が一般的に上がるのは、貨幣価値が変わらなければ、商品価値が上がる場合だけであり、商品価値が変わらなければ、貨幣価値が下がる場合だけである。逆に、商品価値が一般的に下がるのは、貨幣価値が変わらなければ、商品価値が下がる場合だけであり、商品価値が変わらなければ、貨幣価値が上がる場合だけである。だから、貨幣価値の上昇は商品価格の比例的な低下を必然にし、貨幣価値の低下は商品価格の比例的な上昇を必然にするということには、けっしてならないのである。そうなるということは、ただ価値の変わらなかった商品だけにあてはまることである。たとえば、その価値が貨幣価値と同程度に同時に上がる商品は、同じ価格を保っている。もし商品の価値が貨幣価値よりもおそく上がるかはやく上がるかすれば、その商品の価格の低下または上昇は、商品の価値【P132】運動と貨幣の価値運動との差によって規定される、等々。
<13>そこでまた価格形態の考察に帰るとしよう。
<14>種々の金属重量の貨幣名は、いろいろな原因によって、しだいにそれらの元来の重量名から離れてくるのであるが、その諸原因のうちでは次のものが歴史的に決定的である。(1)発展程度の低い諸民族における外国貨幣の輸入。たとえば、古代ローマでは金銀の鋳貨は最初は外国商品として流通していた。このような外国貨幣の名称は国内の重量名とは違っている。(2)富の発展につれて、あまり高級でない金属はより高級な金属によって価値尺度機能から駆逐される。銅は銀によって、銀は金によって。たとえこの順序がすべての詩的年代記と矛盾していようとも。(*56)たとえば、ポンドは、現実の1重量ポンドの銀を表わす貨幣名だった。金が価値尺度としての銀を駆逐するやいなや、同じ名称が、金と銀との価値比率にしたがって、たとえば15分の1ポンドというような金に付着する。貨幣名としてのポンドと、金の普通の重量名としてのポンドとは、いまでは別なものになっている(*57)。(3)何世紀にもわたって引き続き行なわれた王侯による貨幣変造。これは鋳貨の元来の重量から実際にはただ名称だけをあとに残した(*58)。
(*56) この順序はまた一般的な歴史的妥当性のあるものでもない。
(*57) 第2版への注。こうして、イギリスのポンドはその元来の重量の1/3よりもわずかを、連合以前のスコットランドのポンドはたった1/36を、フランスのルーブルは1/74を、スペインのマラペーディは1/1000よりもわずかを、ポルトガルのレイはもっとずっと小さな割合を表わしている。
(*58) 第2版への注。「その名称が今日ではもはや観念的でしかないような鋳貨は、どの国民にあっても最も古いものである。これらの名称はみなかつては実在的だったのであって、それらが実在的だったからこそ、それらで勘定がなされたのである。」(ガリアーニ『貨幣について』、同前、……。)

<15>このような歴史的な諸過程は、いろいろな金属重量の貨幣名がそれらの普通の重量名から分離することを国民的慣習【P133】にする。貨幣度量標準は、一方では純粋に慣習的であるが、他方では一般的な効力を必要とするので、結局は法律によって規制されることになる。貴金属の一定の重量部分、たとえば1オンスの金は公式にいくらの可除部分に分割されて、それらの部分にポンドとかターレル、とかいうような法定の洗礼名が与えられる。そこで、このような可除部分は、貨幣の固有の度量単位として認められるのであるが、それは、さらにシリングやペニーなどのような法定の洗礼名のついた別の諸可除部分に細分される(*59)。それでもやはり一定の金属重量が金属貨幣の度量標準である。変わったのは、分割と命名である。
(*59) 第2版への注。デーヴィッド・アーカート氏は、その『常用語』のなかで、1ポンド(ポンド・スターリング)というイギリスの貨幣度量標準の単位が今日では約1/4オンスの金に等しいという奇怪事(!)について述べている。「これは尺度の変造であって、度量標準の確定ではない」と。このような金重量の「偽称」のうちに、他のどこでもと同じに、彼は文明の偽造する手を見いだすのである。

<16>こうして、価格、または、商品の価値が観念的に転化されている金量は、いまでは金の度量単位の貨幣名または法律上有効な計算名で表現される。そこで、1クォーターの小麦は1オンスの金に等しいと言うのに代わって、イギリスでならば、それは3ポンド・スターリング17シリング10・1/2ペンスに等しいと言われることになるであろう。このようにして、諸商品は、自分たちがどれほどに値するかを、自分たちの貨幣名で互いに語りあうのであり、そして、貨幣は、ある物を価値として、したがって貨幣形態に、固定することが必要なときには、いつでも計算貨幣として役立つのである。(*60)
(*60) 第2版への注。「ひとがアナカルシスに、ギリシャ人はなんのために貨幣を用いるのか、と問うたとき、彼は答えた。計算のために、と。」(アテナイオス『学者の饗宴』……)

<17>【P134】ある物の名称は、その物の性質にとってはまったく外的なものである。ある人の名がヤコブだということを知っても、その人についてはなにもわからない。それと同じに、ポンドやターレルやフランやドゥカートなどという貨幣名では、価値関係の痕跡はすべて消えてしまっている。これらの不可思議な章標の秘義についての混乱は、貨幣名が諸商品の価値を表わすと同時に或る金属重量の、すなわち貨幣度量標準の可除部分をも表わすので、ますますはなはだしくなる。(*61)他面では、価値が、商品世界の雑多な物体から区別されて、このなんだかわからない物的な、しかしまた純粋に社会的な形態に達するまで発展をつづける、ということは必然的なのである(*62)。
(*61) 第2版への注。「価格の度量標準としての金は、商品価格と同じ計算名で現われ、したがって、たとえば1オンスの金は1トンの鉄の価値と同じに3ポンド17シリング10・1/2ペンスで表わされるので、このような金の計算名は金の鋳造価格と呼ばれてきた。このことから、あたかも金(または銀)はそれ自身の材料で評価され、すべての商品と違って国家によってある固定した価格を与えられるかのような、奇妙な考え方が生じた。一定の金重量の計算名を固定させることが、この重量の価値を固定させることと見まちがえられたのである。」(カール・マルクス『経済学批判』、52頁。〔第13巻、58原P〕)。
(*62) 『経済学批判』のなかの『貨幣の度量単位に関する諸学説』、53頁以下参照。〔第13巻、59原P〕「鋳造価格」の引上げや引下げ、それは、法律で固定された金または銀のいろいろな重量部分を表わす法定貨幣名を、国家の側から、より大きい、またはより小さい重量部分に転用すること、したがって、たとえば1/4オンスの金を将来は20シリングではなく40シリングに鋳造するというようなことになるのであるが──このような引上げや引下げについてのいろいろな幻想は、それらが国家的および私的債権者にたいする拙劣な財政操作を目的としないで経済的「奇跡療法」を目的とするかぎりでは、ペティが『貨幣小論、ハリファックス侯爵閣下に、1682年』のなかで十分に論じつくしたので、もっと後代の人々はもちろんのこと、すでに彼の直接の後継者たち、サー・ダッドリ・ノースやジョン・ロックでさえも、ただペティを平板化することしかできなかったのである。ことにペティは次のように言っている。「もし一国の富を一片の布告で10【P135】倍にもすることができるなら、わが国の為政者たちがもうずっと以前にそのような布告を発しなかったということは奇妙なことであろう。」(同前、36頁……)

<18>価格は、商品に対象化されている労働時間の貨幣名である。それだから、商品と、その名が商品の価格であるところの貨幣量とが等価だということは、一つの同義反復である。(*63)というのは、およそ一商品の相対的な価値表現はつねに二つの商品の等価性の表現だからである。しかし、商品の価値量の指標としての価格は、その商品と貨幣との交換割合の指標であるとしても、逆にその商品と貨幣との交換割合の指標は必然的にその商品の価値量の指標だということにはならないのである。かりに、同じ量の社会的必要労働時間が1クォーターの小麦と2ポンド・スターリング(約1/2オンスの金)とで表わされるとしよう。2ポンド・スターリングは、1クォーターの小麦の価値量の貨幣表現、すなわちその価格である。いま、事情が1クォーターの小麦を3ポンド・スターリングに値上げすることを許すか、またはそれを1ポンド・スターリングに値下げすることを強いるとすれば、1ポンド・スターリングと3ポンド・スターリングとは、この小麦の価値量の表現としては過小または過大であるが、それにもかかわらずそれらはこの小麦の価格である。というのは、第一にはそれはこの小麦の価値形態、貨幣であり、第二には小麦と貨幣との交換割合の指標だからである。生産条件が変わらないかぎり、または労働の生産力が変わらないかぎり、相変わらず1クォーターの小麦の再生産には同じだけの社会的必要労働時間が支出されなければならない。このような事情は、小麦生産者の意志にも他の商品所持者たちの意志にもかかわりがない。だから、商品の価値量は、社会的労働時間にたいする或る必然的な、その商品の形成過程に内在する関係を表わしているのである。価値量が価格に転化されるとともに、この必然的な関係は、一商品とその外にある貨幣商品との交換割合として現われる。しかし、この形態では、商品の価値量が表現されうるとともに、また、与えられた事情のもとでその商品が手放される場合の価値量以上または以下も表現されうる。だから、価格と価値量との量的な不一致の可能性、または価値量からの価格の偏差の可能性【P136】は、価格形態そのもののうちにあるのである。このことは、けっしてこの形態の欠陥ではなく、むしろ逆に、この形態を、一つの生産様式の、すなわち、そこでは原則がただ無原則性の盲目的に作用する平均法則としてのみ貫かれうるような生産様式の、適当な形態にするのである。
(*63) 「そうでなければ、貨幣での百万には、商品での同じ価値よりもより多くの価値があるということを、すでに認めなければならない。」(ル・トローヌ『社会的利益について』、……。)つまり、「ある価値には、同じ大きさの他の価値よりもより多くの価値があるということ」を認めなければならない。

<19>しかし、価格形態は、価値量と価格との、すなわち価値量とそれ自身の貨幣表現との、量的な不一致の可能性を許すだけではなく、一つの質的な矛盾、すなわち、貨幣はただ商品の価値形態でしかないにもかかわらず、価格がおよそ価値表現ではなくなるという矛盾を宿すことができる。それ自体としては商品ではないもの、たとえば良心や名誉などは、その所持者が貨幣とひきかえに売ることのできるものであり、こうしてその価格をつうじて商品形態を受け取ることができるのである。それゆえ、ある物は、価値を持つことなしに、形式的に価格をもつことができるのである。ここでは、価格表現は、数学のある種の量のように、想像的なものになる。他方、想像的な価格形態、たとえば、そこには人間労働が対象化されていないので少しも価値のない未開墾地の価格のようなものも、ある現実の価値関係、またはこれから派生した関係がひそませていることがありうるのである。
相対的価値形態一般がそうであるように、価格は、ある商品たとえば1トンの鉄の価値を、一定量の等価物たとえば1オンスの金が鉄と直接に交換されうるということによって表現するのであるが、けっして、逆に鉄のほうが金と直接に交換されうるということによって表現するのではない。だから、実際に交換価値の働きをするためには、商品は、その自然の肉体を捨て去って、ただ想像されただけの金から現実の金に転化しなければならない。たとえ商品にとってこの化体が、ヘーゲルの「概念」にとっての必然から自由への移行や、ざりがににとっての殻破りや、【P137】教父ヒエロニュムスにとっての原罪の脱却(*64)よりも、「もっとつらい」ことであろうとも。商品は、その実在の姿、たとえば鉄という姿のほかに、価格において観念的な価値姿態または想像された金姿態をもつことはできるが、しかし、現実に鉄であると同時に現実に金であることはできない。商品に価格を与えるためには、想像された金を商品に等置すればよい。商品がその所持者のために一般的な等価物の役を果たそうとするならば、それは金と取り替えられなければならない。たとえば、鉄の所持者がある享楽商品の所持者に対面して、彼に鉄価格を指し示して、これが貨幣形態だというならば、享楽商品の所持者は、天国で聖ペテロが自分の前で信仰箇条を暗誦したダンテに答えたように、答えるであろう。「この貨幣の混合物とその重さとは 汝すでによくしらべたり されど言え、汝はこれを己が財布のなかにもつや」
(*64) ヒエロニュムスが若いころに物質的な肉欲と激しく戦わなければならなかったことは、砂漠で美しい女人の幻像を相手にする彼の闘争が示すところであるが、また彼は晩年には精神的な肉欲と戦わなければならなかった。たとえば、彼は次のように言う。「私は心のなかでは世界審判者の前にいるのだと思った。」一つの声が聞いた。「汝はだれか?」と。「私はキリスト者です。」「偽りもの」と世界審判者はどなりつけた。「汝はキケロの徒にすぎない!」

<20>価格形態は、貨幣とひきかえに商品を手放すことの可能性とこの手放すことの必然性とを含んでいる。他方、金は、ただそれがすでに交換過程で貨幣商品としてかけまわっているからこそ、観念的な価値尺度として機能するの【P138】である。それゆえ、観念的な価値尺度のうちには堅い貨幣が待ち伏せしているのである。

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2015年1月7日