『経済学批判』(全集版)の抄訳の1

経済学批判 全集版抄訳 ( <>内や@は、レポータのものです)

【P13】 第1篇 資本一般

第1章 商品

一見したところでは、ブルジョア的富は一つの巨大な商品の集まりとして現われ、個々の商品はこの富の元素的定在として現われる。ところがそれぞれの商品は、使用価値と交換価値という二重の観点のもとに自己をあらわしている。(*)

(*)アリストテレス政治学(……)「なぜならば、物のいずれにも二つの用<用途……岩波文庫版>があるからである……一方の用は物に固有のものだが、他方の用は固有ではない。たとえば靴には、一方では靴としてはくという用と、他方では交換品としての用とがある。両方とも靴の使用価値である。というのは、靴を自分の持たないもの、たとえば食物と交換する人でも、やはり靴を靴として用いるのだから。といっても、それは靴の固有の用い方ではない。なぜならば、靴は交換のために存在するにいたったものではないからである。他のものについても同じことが言える。」(……)

商品はまず、イギリスの経済学者の言い方で言うと、「生活にとって必要な、役にたち、または快適ななんらかの物」であり、人間の欲望の対象であり、もっとも広い意味での生活手段である。使用価値としての商品のこういう定在と、その商品の自然的な、手でつかめるような存在とは一致する。たとえば小麦は、綿花、ガラス、紙などの使用価値とは区別された一つの特殊な使用価値である。使用価値は使用のための価値をもつだけで、消費の過程でだけ自分を実現する。同じ使用価値はいろいろに利用されうる。けれども、そのおよそ可能な利用のしかたの全体は、一定の諸性質をもつ物としてのその定在のうちに総括されている。さらに使用価値は質的に規定されているだけではなく、量的にも規定されている。さまざまな使用価値は、それらの自然的な特性に応じて、たとえば小麦何シェッフル、紙何帖、リンネル何エレなどのように、さまざまな尺度をもっている。
富の社会的形態がどんなものであるかにかかわりなく、【P14】使用価値はつねに、このような形態にたいしてはさしあたり無関係な富の内容をなしている。小麦を味わっても、だれがそれをつくったのか、ロシアの農奴がつくったのか<年貢として>、フランスの分割地農民がつくったのか<自己需要品として>、それともイギリスの資本家がつくったのか<交換価値=商品として>は、わからない。使用価値は、たとえ社会的欲望の対象であり、したがってまた社会的関連のなかにあるとはいえ、どのような社会的生産関係をも表現するものではない。使用価値としてのこの商品が、たとえば一個のダイヤモンドであるとしよう。ダイヤモンドを見ても、それが商品であることは識別できない。それが美的にあるいは機械的に、娼婦の胸であるいはガラス切り工の手中で、使用価値として役立っている場合には、それはダイヤモンドであって、商品ではない。使用価値であるということは、商品にとって必要な前提であると思われるが、商品であるということは、使用価値にとって無関係な規定であるように思われる。経済的形態規定にたいしてこのように無関係な場合の使用価値は、すなわち使用価値としての使用価値は、経済学の考察範囲外にある。(*)使用価値がこの範囲内にはいってくるのは、使用価値そのものが形態規定である場合だけである。直接には使用価値は、一定の経済的関係である交換価値があらわされる素材的土台である。

(*)これこそ、ドイツの書物の切り張り屋連が「財」という名称のもとに固定された使用価値をこのんで論じるのはなぜかという理由である。たとえばL・シュタイン『国家学体系』第1巻、「財」にかんする篇を見よ。「財」にかんする知識は「商品学指針」のうちに求めなければならない。

交換価値はさしあたり、使用価値が交互に交換されうる量的関係として現われる。このような関係では、諸使用価値は同一の交換量をなしている。こうしてプロペルティウス詩集1巻と嗅ぎたばこ8オンスとは、たばこと悲歌というまったく違った使用価値であるにもかかわらず、同一の交換価値であることもありうる。交換価値としては、一つの使用価値は、それが正しい割合で存在していさえすれば、他の使用価値とちょうど同じ値うちがある。一つの宮殿の交換価値は、一定数の靴墨の缶で表現することができる。ロンドンの靴墨製造業者たちは、その反対に彼らのたくさんの靴墨缶の交換価値をいくつかの宮殿で表現してきた。だから諸商品は、それらの自然的な存在のしかたとはまったく無関係に、またそれらが使用価値として満足させる欲望の独特の性質にもかかわりなく、一定の量においてはたがいに一致し、交換で互いに置き換わりあい、等価物として通用し、こうしてその雑多な外観にもかかわらず、同じひとつのものをあらわしている。
使用価値は直接には生活手段である。だが逆に、これらの【P15】生活手段そのものは、社会的生活の生産物であり、支出された人間生命力の結果であり、対象化された労働である。社会的労働の物質化したものとしては、すべての商品は、同じひとつのものの結晶である。この同じひとつのもの、すなわち交換価値であらわされる労働の一定の性格が、今度は考察されなければならない。
1オンスの金、1トンの鉄、1クォーターの小麦、20エレの絹が、等しい大きさの交換価値であるとしよう。これらの使用価値は、その質的区別を抹消したこのような等価物としては、同じ労働の等しい量をあらわしている。これらに一様に対象化されている労働は、それ自体、一様な、無差別な、単純な労働でなければならない。この労働にとっては、それが金、鉄、小麦、絹のうちどれに現われるかはどうでもよいことであって、それはちょうど酸素にとって、それが鉄の錆、大気、ブドウ汁または人間の血液のうちのどこに存在するかが、どうでもよいことであるのと同じである。しかし、金を掘ること、鉄を鉱山から採掘すること、小麦をつくること、絹を織ることは、互いに質的に異なった労働の種類である。じっさい、物的に使用価値の差別として現われるものが、過程においては使用価値をつくりだす活動の差別として現われるのである。だから交換価値を生みだす労働は、使用価値の特殊な素材にたいして無関係であるのと同様に、労働そのものの特殊な形態にたいしても無関係である。さらにまたさまざまな使用価値は、さまざまな個人の活動の生産物であり、したがって個人的に異なる労働の結果である。しかし交換価値としては、それらは同等な、無差別な労働を、すなわち労働する者の個性が抹消されている労働をあらわしている。だから交換価値を生みだす労働は、抽象的一般的労働である。
もし1オンスの金、1トンの鉄、1クォーターの小麦、20エレの絹が、等しい大きさの交換価値、つまり等価物であるとすれば、1オンスの金、2分の1トンの鉄、3ブッシェルの小麦、5エレの絹は、まったく違った大きさの交換価値である。しかもこの量的区別こそ、交換価値としてのそれらがおよそもちうる唯一の区別である。違った大きさの交換価値としては、それらは、あるものの多量または小量を、交換価値の実体を形成する単純な、一様な、抽象的一般的労働のより大きなまたはより小さな量をあらわしている。これらの量をどうして測るかが問題になる。あるいはむしろ、こういう労働そのものの量的定在はなんであるかが問題になる。なぜならば、交換価値としての諸商品の大きさの区別は、ただそれらのうちに対象化されている労働の大きさの区別にすぎないからである。運動の量的定在が時間であるように、労働の量的定在は労働時間であ【P16】る。労働の質をあたえられたものとして前提すると、労働そのものの継続時間の差異が労働のもちうる唯一の区別である。労働は労働時間としては、時間、日、週等々の自然的な時間尺度をその度量標準としている。労働時間は、労働の形態、内容、個性にたいして無関係な、労働の生きた定在である。それは、同時に内在的尺度をもそなえた量的定在としての労働の生きた定在である。諸商品の使用価値に対象化された労働時間は、これらの使用価値を交換価値とし、したがって商品とする実体であるとともに、諸商品の一定の価値の大きさを測る。同一の労働時間が対象化されているいろいろな使用価値の相関的な諸量は等価物である。言いかえれば、すべての使用価値は、それに同一の労働時間がついやされ、対象化されてふくまれている比率で存在すれば、等価物である。交換価値としては、すべての商品が、凝固した労働時間の特定の量にほかならない。 @  交換価値が労働時間によって規定されていることを理解するためには、次の主要な諸観点をしっかりつかまなければならない。すなわち、<a>単純な、いわば質をもたない労働への諸労働の還元、<b>交換価値を生みだす、したがって商品を生産する労働が社会的労働をなしている独特の様式、<c>最後に、使用価値に結果するかぎりでの労働と、交換価値に結果するかぎりでの労働との区別。
<a>諸商品の交換価値をそのうちにふくまれている労働時間で測るためには、さまざまな労働そのものが、無差別な、一様な、単純な労働に、要するに質的には同一で、したがって量的にだけ区別される労働に還元されなければならない。  この還元はひとつの抽象として現われるが、しかしそれは、社会的生産過程で日々行なわれている抽象である。すべての商品を労働時間に分解することは、すべての有機体を気体に分解すること以上の抽象ではないが、しかしまた同時にそれより現実性の乏しい抽象でもない。このように時間によって測られる労働は、実際にはいろいろな主体の労働としては現われないで、労働するさまざまな個人のほうが、むしろ労働そのもののたんなる諸器官として現われるのである。言いかえれば、交換価値であらわされる労働は、一般的人間的労働として表現されうるであろう。一般的人間的労働というこの抽象は、あるあたえられた社会のそれぞれの平均的な個人がなしうる平均労働、人間の筋肉、神経、脳等々のある一定の生産的支出のうちに実在している。それはすべての平均的個人が慣れればおこなうことのできる、そして彼らがなんらかの形態でおこなわざるをえない単純労働(*)なのである。この平均労働の性格は、国が違い文化段階が違うにしたがって異なるとはいえ、ある既存の社会ではあたえられたものとして現われる。単純労働は、【P17】あらゆる統計から確かめられるように、ブルジョア社会のすべての労働の圧倒的な大量をなしている。Aが6時間のあいだ鉄を、そして6時間のあいだリンネルを生産し、Bもまた同様に6時間のあいだ鉄を、そして6時間のあいだリンネルを生産しようとも、あるいはまたAが12時間のあいだ鉄を、Bが12時間のあいだリンネルを生産しようとも、それらは明らかに同一の労働時間のたんなる異なった利用として現われる。しかしより高い活動力を持ち、より大きな比重をもつ労働として平均水準をこえている複雑労働の場合はどうなのか? この種の労働は、複合された単純労働、数乗された単純労働に帰着するのであり、したがってたとえば1複雑労働日は3単純労働日に等しいのである。この還元を規制する諸法則は、まだここでの問題ではない。しかし、この還元がおこなわれていることは、明らかである。なぜならば、交換価値としては、最も複雑な労働の生産物も、一定の比率で単純な平均労働の生産物にたいする等価物であり、したがってこの単純労働の一定量に等置されているからである。

(*)イギリスの経済学者たちは、これを「不熟練労働」とよんでいる。

交換価値が労働時間によって規定されるということは、さらに一定の商品、たとえば1トンの鉄のなかには、それがAの労働であるかまたはBの労働であるかにかかわりなく、等しい量の労働が対象化されているということ、言いかえれば、同一の、質と量とが特定された使用価値を生産するために、相異なる個人が等しい大きさの労働時間を用いるということを前提している。言いかえれば、ある商品にふくまれている労働時間とは、それの生産に必要な労働時間、すなわちあたえられた一般的生産諸条件のもとで、同じ商品を新たにもう1個生産するために必要な労働時間である、ということが前提されている。
<b>交換価値を生みだす労働の諸条件は、交換価値の分析から明らかなように、労働の社会的諸規定または社会的労働の諸規定であるが、社会的といっても一般に社会的だというのではなく、特殊なあり方での社会的である。<①>まず第一に、労働の無差別な単純性とは、さまざまな個人の労働の同等性であり、彼らの労働が同等のものとして、しかもすべての労働が同質な労働に事実上還元されることによって相互に関係しあうことである。各個人の労働は、交換価値であらわされるかぎり、同等性というこの社会的性格をもち、それが同等な労働として他のすべての個人の労働と関係させられているかぎりでだけ、この労働は交換価値であらわされる。
<②>さらにまた交換価値のうちには、個々の個人の労働時間【P18】が直接に一般的労働時間として現われ、個別化された労働のこの一般的性格がその労働の社会的性格として現われる。交換価値であらわされる労働時間は、個々人の労働時間であるが、他の個々人とは区別されない個々人の、同等な労働をおこなっているかぎりでのすべての個々人の労働時間であり、したがってある一人が一定の商品の生産のために必要とする労働時間は、ほかのだれもが同じ商品の生産のためについやすであろう必要労働時間である。それは個々人の労働時間であり、彼の労働時間であるが、しかしそれはすべての個々人に共通な労働時間としてだけそうなのであって、したがってこの労働時間にとっては、それがどの個々人の労働時間であるかはどうでもよいのである。それは一般的労働時間として、ある一般的生産物、ある一般的等価物、対象化された労働時間の一定量であらわされるが、この一般的生産物は、ある個人の生産物として直接に現われる使用価値の特定の形態にはかかわりなく、他の各人の生産物としてあらわされる他のどんな使用価値形態にでも任意に置き換えられうるものである。それはただ、このような一般的な大きさとしてだけ社会的な大きさである。個々人の労働が交換価値に結果するためには、ひとつの一般的等価物に、すなわち個々人の労働時間の一般的労働時間としての表示に、または一般的労働時間の個々人の労働時間としての表示に結果しなければならない。それはちょうど、さまざまな個人が彼らの労働時間をよせあつめ、彼らが共同で自由にできる労働時間のさまざまな量をさまざまな使用価値であらわしたようなものである。こういうわけで、個々人の労働時間は事実上、一定の使用価値の生産のために、すなわち一定の欲望の充足のために、社会が必要とする労働時間なのである。@ <③>しかしここで問題なのは、労働が社会的性格を受け取る場合の特殊な形態だけである。紡績工の一定の労働時間が、たとえば100ポンドの亜麻糸に対象化されるとしよう。織布工の生産物である100エレのリンネルもまた、等しい量の生産物をあらわすものとしよう。これら二つの生産物が一般的労働時間の等しい大きさの量をあらわしており、したがって等量の労働時間をふくんでいるどの使用価値にたいしても等価物であるかぎりでは、それらは互いに等価物である。<生産物の全面的な交換を前提するかぎり>紡績工の労働時間と織布工の労働時間とが一般的労働時間として、したがって彼らの生産物が<一般的労働時間の対象化であるところの>一般的等価物としてあらわされることによってだけ、いまの場合は、織布工の労働は紡績工のための、紡績工の労働は織布工のための、一方の労働は他方のための労働となり、つまり彼らの労働が両者のための社会的定在となる。これに反して、紡ぎ手も織り手も同じ屋根の下に住んでいて、いわば自家需要のために、家族の【P19】うちの女たちは紡ぎ、男たちは織っていた家父長制的農村工業においては、家族の限界内で糸とリンネルとは社会的生産物であり、紡績労働と織布労働とは<その相異なる具体的な姿そのままで>社会的労働であった。けれどもそれらの社会的性格は、一般的等価物としての糸が一般的等価物としてのリンネルと交換されること、つまり両者が同じ一般的労働時間のどちらでもよい、同じ意味の表現として互いに交換されることにあったのではない。むしろ原生的な分業をもつ家族関連が、労働の生産物に<社会的なすなわち共同の生産物という>その固有な社会的極印を押したのである。あるいはまた、中世の賦役と現物給付をとってみよう。ここでは現物形態にある個々人の一定の労働が、労働の一般性ではなくて特殊性が、社会的紐帯をなしている。あるいはまた最後に、すべての文化民族の歴史の入り口で見られるような、原生的形態にある共同労働をとってみよう(*)。ここでは労働の社会的性格は、明らかに個々人の労働が一般性という抽象的形態をとることによって、つまり彼の生産物がひとつの一般的等価物の形態をとることによって媒介されているのではない。個々人の労働が私的労働となることを妨げ、彼の生産物が私的生産物となることを妨げ、むしろ個々の労働を直接に社会有機体の一肢体の機能として現わさせるものは、生産の前提となっている共同体である。交換価値で現わされる労働は、個別化された個々人の労働に前提をもっている。それが社会的となるのは、それがその正反対の形態、抽象的一般性の形態をとることによってである。

(*)原生的な共有の形態は、とくにスラブ的な、しかももっぱらロシア的な形態だというのは、近ごろひろまっている笑うべき偏見である。それは、われわれがローマ人、ゲルマン人、ケルト人のあいだで指摘することのできる原初形態であるが、これについては、さまざまな見本をそなえたりっぱな見本帳が、いまでもなお、一部分は廃墟としてであるとはいえ、インド人のあいだに見られる。アジア的な、ことにインド的な諸共有形態のいっそう詳しい研究は、原生的共有の種々の形態からどのようにしてその崩壊の種々の形態が出てくるかを示すであろう。こうして、たとえばローマ的およびゲルマン的私有の種々の原型が、インド的共有の種々の形態からみちびきだされるのである。

<4>最後に、交換価値を生みだす労働を特徴づけるものは、人と人との社会的関係が、いわば逆さまに、つまり物と物との社会的関係としてあらわされることである。一つの使用価値が交換価値として他の使用価値に関係するかぎりでだけ、いろいろな人間の労働は同等な一般的な労働として互いに関係させられる。したがって交換価値とは人と人とのあいだの関係である(*)、というのが正しいとしても、物の外被の下に隠された関係ということをつけくわえなければ【P20】ならない。1ポンドの鉄と1ポンドの金とが、その物理的、化学的性質が違っているにもかかわらず、同一の量の重さをあらわしているように、同一の労働時間をふくんでいる二つの商品の使用価値は、同一の交換価値をあらわしている。こうして交換価値は、使用価値の社会的な自然規定性として、物としての使用価値に属する一つの規定性として現われる。そしてその結果として、諸使用価値は、交換過程において一定の量的関係で互いに置き換えられ、等価物を形成するが、それはちょうど、単純な化学元素が一定の量的関係で化合して、化学当量を形成するのと同じことである。社会的生産関係が対象の形をとり、そのために労働における人と人との関係がむしろ物相互の関係および物の人にたいする関係としてあらわされること、このことをあたりまえのこと、自明のことのように思わせるのは、ただ日常生活の習慣にほかならない。商品では、この神秘化はまだきわめて単純である。交換価値としての諸商品の関係は、むしろ人々の彼らの相互の生産的活動にたいする関係であるという考えが、多かれ少なかれ、すべての人の頭にある。もっと高度の生産諸関係では、単純性というこの外観は消えうせてしまう。重金主義のすべての錯覚は、貨幣(*)は一つの社会的生産関係を、しかも一定の性質をもつ自然物という形態であらわすということを貨幣から察知しなかった点に由来する。重金主義の錯覚を見下して嘲り笑う現代の経済学者にあっても、彼らがもっと高度の経済学的諸範疇、たとえば資本を取り扱うことになると、たちまち同じ錯覚が暴露される。彼らが不器用に物としてやっとつかまえたと思ったものが、たちまち社会関係として現われ、そして彼らがようやく社会関係として固定してしまったものが、今度は物として彼らを愚弄する場合に、彼らの素朴な驚嘆の告白のうちに、この錯覚が突然現われるのである。

(*)「富は二人の人のあいだの関係である」ガリアーニ……

<c>諸商品の交換価値は、じつは同等で一般的な労働としての個々人の労働相互の関係にほかならず、労働の独特な社会的形態の対象的表現にほかならないのであるから、労働は交換価値の、したがってまた富が交換価値から成りたつかぎりでは富の唯一の源泉である、と言うのは同義反復である。自然素材そのものは労働をふくまないから交換価値をふくまず(*)、また交換価値そのものは自然素材をふくんでいないということも、同じ同義反復である。しかしウィリ【P21】アム・ペティが「労働は富の父であり、大地はその母である」と言い、あるいはバークリ主教が「4元素とそのなかにふくまれる人間の労働が富の真の源泉ではないか?(**)」と問うたとき、あるいはまたアメリカ人Th・クーパーが「試みに一塊のパンからそれについやされた労働を、パン屋、粉挽き屋、小作農等々の労働をとりさってみなさい、あとにいったいなにが残るか? ひとつかみの、野生の、どんな人間にとっても使いものにならない雑草だけだ(***)とわかりやすく説明したとき、これらすべての見方で問題とされているのは、交換価値の源泉である抽象的労働ではなく、素材的富の一源泉としての具体的労働、つまり使用価値をつくりだすかぎりでの労働である。商品の使用価値が前提されているのだから、商品についやされた労働の特殊な有用性、一定の合目的性が前提されているわけであるが、商品の立場からすれば、これでもって同時に有用労働としての労働にたいするすべての関心は尽きている。使用価値としてのパンにわれわれの関心を起こさせるのは、食料品としてのそれの諸性質であって、小作農、粉挽き屋、パン屋等々の労働ではない。もしなんらかの発明によってこれらの労働の20分の19がはぶかれたとしても、一塊のパンはそれまでと同じ役を果たすであろう。もしもパンができあがったものとして天から降ってきたところで、その使用価値の一片をも失わないであろう。交換価値を生みだす労働は、一般的等価物としての諸商品の同等性のうちに実現されるのにたいして、合目的的な生産的活動としての労働は、諸商品の使用価値の無限の多様性のうちに実現される。交換価値を生みだす労働は抽象的な、一般的な、同等の労働であるのにたいして、使用価値を生みだす労働は、形態と素材に応じて際限なくさまざまな労働様式に分かれる具体的な労働である。

(*)「その自然状態においては、物質はつねに価値をもたない」マカロック……。マカロックのような者さえ、「物質」やその他半ダースものがらくたを価値の要素だと宣言するドイツの「思想家ども」の物神崇拝よりもどれほどすぐれているかがわかる。たとえばL・シュタイン、前掲書……参照。
(**)バークリー『質問者』……
(***)Th・クーパー『経済学綱要講義』……

使用価値をつくりだすかぎりでの労働については、労働がそれによってつくりだされた富、すなわち素材的な富の唯【P22】一の源泉であると言うのは誤りである。この労働は素材的なものをあれやこれやの目的に充用する活動であるから、それは前提として素材を必要とする。いろいろな使用価値では、労働と自然素材との割合は非常に異なっているが、しかし使用価値はいつも自然的基礎をふくんでいる。自然なものをなんらかの形態で取得するための合目的的活動としては、労働は人間存在の自然条件であり、人間と自然とのあいだの物質代謝の、すべての社会的形態から独立した一条件である。これに反して、交換価値を生みだす労働は、労働の独特な社会的一形態である。たとえば裁縫労働は、特殊な生産活動としてのその素材的規定性では上着を生産するが、しかし上着の交換価値は生産しない。裁縫労働が上着の交換価値を生産するのは、裁縫労働としてではなくて、抽象的一般的労働としてであり、そしてこの抽象的一般的労働は、裁縫師が縫いあげたのではない一つの社会的関連に属する。だから古代の家内工業では、女子は上着の交換価値を生産することなく、上着を生産した。素材的富の一源泉としての労働は、税関吏アダム・スミスにわかっていたのと同じように、立法者モーセにもわかっていたのである(*)。

(*)F・リストは有用物、つまり使用価値を創造するのを助けるかぎりでの労働と、富の特定の社会的形態、つまり交換価値を創造する労働とのあいだの区別をついに理解することができなかった。それというのは、総じて理解するということは、彼の打算的で実際的な頭にとっては縁の遠いことだったからである。それだから彼は、イギリスの現代の経済学者たちをエジプトのモーセのたんなる剽窃者としか見なかったのである。

さて次にわれわれは、交換価値を労働時間に帰着させることから生じる二、三のもっと詳細な規定を考察しよう。  使用価値としては、商品は原因として作用する。たとえば小麦は食料として作用する。機械は一定の事情の下で労働にとって代わる。商品のこの作用、それによってだけ商品は使用価値であり、消費の対象であるのだが、この作用は、商品の役だち、商品が使用価値としておこなう役だちとよんでよかろう。ところが交換価値としては、商品はいつでも結果の観点からだけ考察される。問題になるのは、商品がおこなう役立ちではなくて、商品の生産にあたって商品そのものにたいしてなされた役だちである(*)それだから、たとえばある機械の交換価値は、その機械によって置き換えられる労働時間の量によって規定されるのではなくて、その機械自体に支出されている、したがって同じ種類の新しい機械を生産するのに必要な労働時間の量によって規定されるのである。

【P23】(*)「役だち」という範疇が、J・B・セーやF・バスティアのようなたぐいの経済学者たちにたいして、どんな「役だち」をなさざるをえないかが合点がゆく。すでにマルサスが正しく指摘したように、彼らの小理屈ふうの小ざかしさは、いたるところで経済的諸関係の独特な形態規定性を捨象するのである。

だから、もしも諸商品の生産に必要な労働量が不変のままならば、それらの交換価値は変わらないであろう。しかし生産の難易はたえず変化する。労働の生産力が増大すれば、労働は同じ使用価値をもっと短い時間で生産する。労働の生産力が低下すれば、同じ使用価値の生産にもっと多くの時間が必要となる。だから、一商品にふくまれている労働時間の大きさ、したがってその交換価値は、一つの変化する大きさであり、労働の生産力の向上と低下に反比例して増減する。労働の生産力は製造工業では事前にきめられている程度で用いられるが、農業と採取産業では、同時に、意のままにならない自然事情によっても制約されている。同じ労働でも、いろいろな金属の地殻内における賦存量が相対的に希少であるか豊富であるかにしたがって、これらの金属の産出量を多くしたり、少なくしたりするであろう。同じ労働でも、豊作の年には2ブッシェルの小麦に対象化され、凶作の年にはおそらくわずか1ブッシェルの小麦に対象化されるであろう。こういう場合には、自然事情としての希少または豊富が、特殊な現実の労働の、自然事情に結びつけられている生産力を規定するから、それが商品の交換価値を規定するように見えるのである。
いろいろな使用価値は、等しくない容積の中に同じ労働時間、すなわち同じ交換価値をふくんでいる。ある商品が一定量の労働時間を、その使用価値の、他の使用価値とくらべて小さい容積のなかにふくんでいればいるほど、その商品の交換価値比重は大きい。はるかに時を隔てたいろいろな文化段階において、ある種の諸使用価値がそのあいだで交換価値比重の順列を形成し、それらの交換価値がたとえば金、銀、銅、鉄、または小麦、ライ麦、大麦、燕麦のように、正確に同じ数的関係でないにしても、相互のあいだで上位下位の一般的関係をたもっていることがわかったとしても、そこから結論されるのは、社会的生産諸力の前進的発展は、これらのいろいろな商品の生産に必要な労働時間にたいして、一様にまたはほぼ一様に作用しているということだけである。
一商品の交換価値は、その商品自身の使用価値にはあらわれない。けれども一般的社会的労働時間の対象化として、一商品の使用価値は、他の諸商品の使用価値と関係づけられる。こうしてある一商品の交換価値は、他の諸商品の使【P24】用価値で自己をあらわす。等価物とは、じつは他の一商品の使用価値で表現された一商品の交換価値である。たとえば1エレのリンネルは2ポンドのコーヒーに値すると言えば、リンネルの交換価値はコーヒーの使用価値で、しかもこの使用価値の一定量で表現される。この比率があたえられていれば、どんな量のリンネルの価値もコーヒーで表現できる。一商品、たとえばリンネルの交換価値は、他の特殊な一商品、たとえばコーヒーがその等価物をなす場合の比率ですべて表現つくされているわけではない。1エレのリンネルであらわされている一般的労働時間の量は、同時に他のすべての商品の使用価値の限りなく様々な容積のうちに実現されている。他のそれぞれの商品の使用価値は、それが同じ大きさの労働時間をあらわす比率で、1エレのリンネルにたいする等価物をなす。だから、この個別的商品の交換価値は、他のすべての商品の使用価値がその商品の等価物をなす限りなく多数の等式で、はじめてあますところなく表現される。これらの等式の総和でだけ、言いかえれば、一商品が他のそれぞれの商品と交換されうるいろいろな比率の総体でだけ、この商品は一般的等価物としてあますところなく表現される。たとえば一系列の等式
1エレのリンネル=1/2ポンドの茶
1エレのリンネル=2ポンドのコーヒー
1エレのリンネル=8ポンドのパン
1エレのリンネル=6エレのキャラコ
は、次のように表示できる。
1エレのリンネル=1/8ポンドの茶+1/2ポンドのコーヒー+2ポンドのパン+1・1/2エレのキャラコ
それだから、もしわれわれが1エレのリンネルの価値があますところなく表現されている諸等式の総和全体を知っているならば、われわれはリンネルの交換価値を一つの系列であらわすことができよう。実際にはこの系列は、商品の範囲がけっして最終的に完結しているわけではなく、たえずひろげられるのであるから、無限である。だがこうして一商品はその交換価値を他のすべての商品の使用価値ではかると同時に、逆に他のすべての商品の交換価値は、それらによって測られているこの一商品の使用価値で測られる(*)。1エレのリンネルの交換価値が、2分の1ポンドの茶、または2ポンドのコーヒー、または6エレのキャラコ、または8ポンドのパン等々で表現されるとすれば、その結果として、コーヒー、茶、キャラコ、パン等々は、それらが第三者であるリンネルに等しい割合で互いに等しく、したがってリンネルは、それらの交換価値の共通の尺度として役だつ、ということになる。対象化された一般的労働時間、すなわち一般的労働時間の一定量として各商品は、その交【P25】換価値を順ぐりに他のすべての商品の使用価値の一定量で表現し、そして他のすべての商品の交換価値は、逆にこの排他的な商品の使用価値で測られる。だが交換価値としては、それぞれの商品は、他のすべての商品の交換価値の共通の尺度として役だつ排他的な商品であるとともに、他方では、他のそれぞれの商品が多くの商品の全範囲でその交換価値を直接にあらわす場合の、その多くの商品のうちの一つにすぎない

(*)「尺度が、測られるものがあるしかたで測るものの尺度になるという関係を、測られるものにたいしてもつということも、尺度の一つの特質である。」モンタナーリ……。

一商品の価値の大きさは、その商品以外に他の種類の商品が少ししか存在しないか、それともたくさん存在するか、ということによっては影響されない。だが、この商品の交換価値が実現される諸等式の系列が長いか短いかは、他の諸商品の多様性の多少しだいである。たとえばコーヒーの価値があらわされる諸等式の系列は、コーヒーの交換されうる範囲、コーヒーが交換価値として機能する限界を表現する。一般的社会的労働時間の対象化としての一商品の交換価値には、無限に違った諸使用価値によるその等価の表現が対応している。
すでに見たように、一商品の交換価値は、直接にその商品そのものにふくまれている労働時間の量とともに変動する。同様に、一商品の実現された交換価値、すなわち他の諸商品の使用価値で表現された交換価値は、他のすべての商品の生産に用いられる労働時間の変動する割合によっても左右されざるを得ない。たとえば、1シェッフルの小麦の生産に必要な労働時間が同じままであるにしても、他のすべての商品の生産に必要な労働時間が2倍になったとすれば、小麦の等価物で表現された1シェッフルの小麦の交換価値は半減するであろう。この結果は、1シェッフルの小麦の生産に必要な労働時間が半減し、他のすべての商品の生産に必要な労働時間が変わらないままであるのと、実際上は同じことであろう。諸商品の価値は、それらが同じ労働時間で生産されうる比率によって規定される。この比率がうけることのありうる変動を見るために、われわれは二つの商品AとBとを考えてみよう。第一は、Bの生産に必要な労働時間は変わらないままの場合。この場合には、Bで表現されたAの交換価値は、Aの生産に必要な労働時間の増減に正比例して増減する。第二は、Aの生産に必要な労働時間が変わらないままの場合。Bで表現されたAの交換価値は、Bの生産に必要な労働時間の増減に反比例して増減する。第三は、AとBとの生産に必要な労働時【P26】間が等しい比率で増減する場合。この場合には、BによるAの等価の表現は、変わらぬままである。もしもなんらかの事情ですべての労働の生産力が同じ程度で減少し、その結果、すべての商品が等しい比率でその生産にもっと多くの労働時間を必要とするようになったとすれば、すべての商品の価値は増加するであろうが、それらの交換価値の現実の表現は変わらぬままであろうし、社会の現実の富は減少してしまったことになろう。なぜなら、この社会は、同一量の使用価値をつくりだすために、より多くの労働時間を必要とするだろうからである。第四は、AとBとの生産に必要な労働時間は、どちらも増加または減少するが、しかしその程度が等しくない場合、またはA[の生産]に必要な労働時間は増加するのに、Bに必要なそれが減少する場合、あるいはこの反対の場合。これらすべての場合は、簡単に、一商品の生産に必要な労働時間は変わらないままであるのに、他の諸商品の生産に必要な労働時間が増減する場合に還元することができる。
どの商品の交換価値も、他のどの商品の使用価値ででも、その使用価値を整数倍したもの{その全体……猪俣訳}によってであろうと、その一部分によってであろうと、表現される。交換価値としては、どの商品も、それに対象化されている労働時間そのものと同様に分割可能である。諸商品の等価性が使用価値としてのそれらの物理的分割可能性と無関係なのは、諸商品の交換価値の和が、それらの諸商品が一つの新しい商品につくりかえられるさいにそれらの使用価値がどんな現実的な形態転換を経ようとも、これにたいして無関係なのと、まったく同様である。
いままで商品は、二重の観点で、使用価値として、また交換価値として、いつでも一面的に考察された。けれども商品は、商品としては直接に使用価値と交換価値との統一である。同時にそれは、他の諸商品にたいする関係でだけ商品である。諸商品相互の現実的関連は、それらの交換過程である。それは互いに独立した人間がはいりこむ社会的過程であるが、しかし彼らは、商品所有者としてだけこれにはいりこむ。彼らのお互いどうしのための相互的定在は、彼らの諸商品の定在であり、こうして彼らは、実際上は交換過程の意識的な担い手としてだけあらわれるのである。
商品は、使用価値、小麦、リンネル、ダイヤモンド、機械等々であるが、しかし商品としては、同時にまた使用価値でない。もしそれがその所有者にとって使用価値であるならば、すなわち直接に彼自身の欲望を満足させるための手段であるならば、それは商品ではないであろう。彼にとっては、それはむしろ非使用価値であり、すなわち、交換価値のたんなる素材的な担い手、またはたんなる交換手段【P27】である。交換価値の能動的な担い手として、使用価値は交換手段となる。その所有者にとっては、商品は交換価値としてだけ使用価値なのである(*)。だから、使用価値としては、それはこれから生成しなければならないのである。しかもまずもって他の人々にとっての使用価値としてである。商品はそれ自身の所有者にとっての使用価値ではないのであるから、他の商品の所有者の使用価値である。そうでないとすれば、彼の労働は無用な労働であったし、したがってその成果は商品ではなかったわけである。他方では、商品は所有者自身にとっての使用価値にならなければならない。なぜならば、彼の生活手段は、この商品の外に、他人の諸商品の使用価値として存在しているからである。使用価値として生成するためには、商品は自分が充足の対象であるような特種の欲望と出会わなければならない。だから諸商品の使用価値は、商品が全面的に位置を転換し、それが交換手段である人の手から、それを使用対象とする人の手に移ることによって、使用価値として生成するのである。諸商品のこのような全面的外化{譲渡……猪俣、脱却……岩波}によってはじめて、それにふくまれている労働は有用労働となる。使用価値としての諸商品相互のこのような過程的関係においては、諸商品はなんら新しい経済的形態規定性をうけない。それどころか、商品を商品として特徴づけた形態規定性が消え去る。たとえばパンは、パン屋の手から消費者の手に移っても、パンとしてのその定在を変えない。反対に、それがパン屋の手中では一つの経済的関係の担い手であり、一つの感覚的でしかも超感覚的なものであったのに、消費者がはじめて、使用価値としての、こうした一定の食料品としてのパンに関係するのである。だから、諸商品が使用価値としてその生成中にはいりこむ唯一の形態転換は、それがその所有者にとって非使用価値、その非所有者にとって使用価値であった、その形態的定在の揚棄{止揚……猪俣}である。諸商品の使用価値としての生成は、その全面的外化、その交換過程へはいることを予想しているが、しかし交換のための商品の定在は、交換価値としてのその定在である。したがって、使用価値として自己を実現するには、商品は交換価値として自己を実現しなければならない。

(*)アリストテレス(本章の冒頭に引用した個所を参照)が交換価値を把握したのは、この規定性においてであった。

【P28】個々の商品は、使用価値の観点のもとでは、本来独立したものとしてあらわれたが、これに反して交換価値としては、はじめから他のすべての商品との関係で考察された。けれどもこの関係は、ただ理論的な、思考上の一関係にすぎなかった。この関係が実際に証明されるのは、ただ交換過程においてだけである。他方では、たしかに商品は、一定量の労働時間がそれについやされており、したがってそれが対象化された労働時間であるかぎり、交換価値である。しかしそれは、直接そのままでは、特殊な内容の対象化された個人的労働時間であるにすぎず、一般的労働時間ではない。だからそれは、直接そのままでは交換価値ではなく、これからそれにならなければならない。まず商品は、一定の有用なしかたで用いられた、したがってある使用価値にふくまれた労働時間をあらわすかぎりでだけ、一般的労働時間の対象化でありうる。商品にふくまれた労働時間が、一般的社会的労働時間として前提されたのは、こういう素材的条件のもとだけであった。だから商品は、交換価値として実現されることによってはじめて使用価値として生成しうるのだが、他方ではその外化{譲渡}において使用価値としての実を示すことによってはじめて交換価値として実現されうるのである。一商品は、それがその人にとって使用価値、すなわち特殊の欲望の対象であるような人にだけ使用価値として譲渡されうる。他方では、一商品は他の一商品と引き換えにだけ譲渡される。あるいは他の商品の所有者の立場に立てば、彼もまた、自分の商品をそれが対象となっている特殊な欲望と接触させることによってだけ、それを譲渡、すなわち実現することができる。だから使用価値としての諸商品の全面的外化{譲渡}においては、諸商品は、その特有の諸性質によって特殊の欲望を充足する特殊な物としてのその素材的相違において、互いに関係づけられる。しかしこのようなたんなる使用価値としては、諸商品は相互にとってどうでもよい存在であり、むしろ無関係である。それらは、特殊の欲望との関係でだけ交換されうるにすぎない。だがそれらが交換されうるのは、ただ等価物としてだけであり、しかもそれらが等価物であるのは、ただ対象化された労働時間の等しい量としてだけであるから、使用価値としての商品の自然的諸性質への顧慮は、いっさい消え去っている。一商品が交換価値であることを実際に示すのは、むしろそれが、他の商品の所有者にとって使用価値であるかどうかにかかわりなく、等価物として他のどんな商品の一定量とでも任意に置き換わることによ【P29】ってである。しかしその商品は、他の商品の所有者にとっては、それが彼にとって使用価値であるかぎりでだけ商品となり、そしてその商品自体の所有者にとっては、それが他人にとって商品であるかぎりでだけ交換価値となる。だから同じ関係が、本質的に等しく、ただ量的にだけ違う大きさとしての諸商品の関係でなければならず、一般的労働時間の物質化した物としての諸商品の等置でなければならず、それと同時にまた、質的に違う物としての、特殊な欲望にたいする特殊な使用価値としての諸商品の関係、つまり諸商品を現実の諸使用価値として[互いに]区別する関係でなければならない。しかしこの等置と非等置とは互いに排斥しあう。こうして一方の解決が他方の解決を前提することによって、たんに問題の悪循環が現われるだけでなく、一つの条件の充足がその反対の条件の充足と直接に結びついていることによって、相矛盾する要求の一全体が現われる。
諸商品の交換過程は、これらの矛盾の展開であるとともに、解決でもなければならないが、しかしこれらの諸矛盾は、交換過程のなかではこういう単純な様式ではあらわされえない。われわれが見てきたのは、諸商品そのものが使用価値として相互にどのように関係しあうのか、すなわち諸商品は使用価値として交換過程の内部でどのようにして姿をあらわすのか、ということだけである。これにたいして交換価値は、いままで考察してきたところでは、たんにわれわれの抽象のなかに、いうなれば、使用価値としての商品は倉庫に、交換価値としての商品は意識のうちにしまっておく個々の商品所有者の抽象のなかに存在していたにすぎない。しかし諸商品そのものは、交換過程の内部では、相互にとって使用価値としてだけではなく、交換価値としても存在しなければならず、しかも諸商品のこういう定在は、それら自身の相互の関係として現われなければならない。われわれがまずはじめにつきあたった困難は、商品は自分を交換価値として、対象化された労働としてあらわすためには、あらかじめ使用価値として外化{譲渡}され、人手に渡っていなければならないのに、使用価値としてのその外化{譲渡}は、逆に交換価値としてのその定在を前提する、ということであった。とはいえ、この困難が解決されたものと仮定しよう。商品は、その特殊な使用価値をぬぎすて、その使用価値の外化{譲渡}によって、個々人の自分のための特殊な労働ではなく、社会的に有用な労働であるという素材的条件をみたしたものとしよう。その場合には、その商品は、交換過程で他の諸商品にたいして、交換価値、一般的等価物、対象化された一般的労働時間として生成し、こうしてもはやある特殊な一使用価値の限られた作用ではなく、その商【P30】品の等価物としてのすべての使用価値で自分をあらわす能力を得なければならない。ところで、どの商品も、このようにその特殊な使用価値の外化{譲渡}によって、一般的労働時間の直接的な物質化したものとして現われなければならない当の商品である。だが他方では、交換過程で対立するのは、特殊な諸商品だけであり、特殊な使用価値に体化された私的な諸個人の労働だけである。一般的労働時間そのものは一つの抽象であって、それはそういうものとしては諸商品にとって実在しないのである。
一商品の交換価値が現実に表現されている諸等式の総和、たとえば
1エレのリンネル=2ポンドのコーヒー
1エレのリンネル=1/2ポンドの茶
1エレのリンネル=8ポンドのパン、等々
を考察してみると、これらの等式は、たしかに等しい大きさの一般的社会的労働時間が、1エレのリンネル、2ポンドのコーヒー、2分の1ポンドの茶等々に対象化されていることを意味するにすぎない。しかし実際には、これらの特殊な使用価値であらわされている個人的労働が一般的な、そしてこの形態で社会的な労働になるのは、もっぱらこれらの使用価値が、それらのなかにふくまれている労働の継続時間に比例して、現実に互いに交換されることによってである。社会的労働時間は、これらの商品のなかにいわばただ潜在的に実在しているのであって、それらの商品の交換過程ではじめてその姿を現わすのである。出発点となるのは、共同労働としての個人の労働ではなくて、逆に私的個人の特殊な労働、交換過程ではじめてそれらの本来の性格を揚棄{止揚}することによって、一般的社会的労働という実を示す労働である。だから、一般的社会的労働とは、できあがった前提ではなくて、生成する結果なのである。こうしてまた、新たな困難が生じる。つまり、一方では商品は、対象化された一般的労働時間として交換過程にはいってゆかなければならないのに、他方では諸個人の労働時間の一般的労働時間としての対象化そのものは、交換過程の所産にほかならぬという困難である。
どの商品もその使用価値の、したがってその本来の存在の外化{譲渡}によってそれの交換価値としての対応する存在を受け取るべき筋合いである。だから商品は交換過程ではその存在を二重にしなければならない。他方では、交換価値としてのその第二の存在は、それ自体、他の一商品であるよりほかない。なぜなら、交換過程では諸商品だけが対立しあうからである。どういうふうにある特殊な商品が対象化【P31】された一般的労働時間として直接にあらわされるのか、あるいはまた同じことだが、ある特殊な商品に対象化されている個人的労働にどういうふうに直接に一般性という性格をあたえるのか? 一商品の交換価値の、すなわち一般的等価物としてのそれぞれの商品の交換価値の現実的表現は、つぎのような諸等式の無限の総和であらわされる。
1エレのリンネル=2ポンドのコーヒー
1エレのリンネル=1/2ポンドの茶
1エレのリンネル=8ポンドのパン
1エレのリンネル=6エレのキャラコ
1エレのリンネル=等々
商品が一定量の対象化された一般的労働時間としてただ考えられていたにすぎないあいだは、この表現は理論的であった。一般的等価物としての特殊な一商品の定在は、以上の諸等式の系列を単純に逆転することによって、たんなる抽象から交換過程そのものの社会的な結果となる。そこで、たとえば
2ポンドのコーヒー=1エレのリンネル
1/2ポンドの茶=1エレのリンネル
8ポンドのパン=1エレのリンネル
6エレのキャラコ=1エレのリンネル
コーヒー、茶、パン、キャラコ、つまりすべての商品が、それら自体にふくまれている労働時間をリンネルで表現することによって、リンネルの交換価値は逆にリンネルの等価物としての他の諸商品のうちに自らを展開し、リンネルそのものに対象化されている労働時間は、他のすべての商品の様々な量で一様にあらわされる一般的労働時間に直接になる。リンネルはこの場合、他のすべての商品のリンネルへの全面的な働きかけによって一般的等価物となるのである。交換価値としては、どの商品も他のすべての商品の価値の尺度となっていた。ここでは逆に、すべての商品がその交換価値を特殊な一商品で測ることによって、この排除された商品が交換価値の十全な定在、一般的等価物としてのその定在となるのである。これにたいして、それぞれの商品の交換価値があらわされていた無限の一系列、つまり無限に多数の等式は、わずか二項からなるただ一つの等式に縮小する。2ポンドのコーヒー=1エレのリンネル が、いまではコーヒーの交換価値の遺漏のない表現である。なぜならこの表現ではリンネルは、他のどの商品の一定量にたいしても直接に等価物として現われるからである。だが交換過程の内部では、いまでは諸商品はリンネルの形態をとった交換価値として互いに存在しあい、あるいは現われあうのである。すべての商品が交換価値としてはただ対象化された一般的労働時間の異なった量【P32】としてだけ互いに関係しあっているということは、いまやそれらの商品は交換価値としては、リンネルという同じ対象の異なった量だけをあらわすということとなって現われる。だから一般的労働時間のほうも、一つの特殊な物として、他のすべての商品とならんで、しかもそれらの外にある一商品としてあらわされる。しかし同時に、商品が商品にたいして交換価値としてあらわされる等式、たとえば2ポンドのコーヒー=1エレのリンネル は、なおこれから実現されなければならない等置関係である。使用価値としての商品の譲渡は、商品が一つの欲望の対象であることを交換過程で実証するかいなかにかかっているのであるが、この譲渡によってはじめて商品は、コーヒーというその定在からリンネルというその定在に現実に転化し、こうして一般的等価物の形態をとり、現実に他のすべての商品にとっての交換価値となる。逆にすべての商品が使用価値として外化する{譲渡される}ことによってリンネルに転化されるから、これによってリンネルは他のすべての商品の転化された定在となり、しかも他のすべての商品のリンネルへのこのような転化の結果としてだけ、リンネルは直接に一般的労働時間の対象化、すなわち全面的外化{譲渡}の産物、個人的労働の揚棄{止揚}となる。諸商品が互いに交換価値として現われあうために、その存在をこのように二重化するとすれば、一般的等価物として排除された商品も、その使用価値を二重化する。特殊な使用価値としてのその特殊な使用価値のほかに、それは一つの一般的な使用価値をもつことになる。こういうその使用価値は、それ自体、形態規定性であり、すなわち他の諸商品がこの商品に交換過程で全面的に働きかけることによってこの商品が演じる独特の役割から生じるものである。ある特殊な欲望の対象としての各商品の使用価値は、異なる人の手では異なる価値をもち、たとえば、それを譲渡する人の手中ではそれを手に入れる人の手中にあるのとは異なった価値をもつ。一般的等価物として排除された商品は、いまや交換価値そのものから生じる一つの一般的欲望の対象であって、誰にとっても交換価値の担い手、一般的交換手段であるという同一の使用価値をもっている。こうしてこの一商品においては、商品が商品として内包する矛盾、特殊な使用価値であると同時に一般的等価物であり、したがって誰にとっても使用価値、一般的使用価値であるという矛盾が解決されている。だから他のすべての商品は、いまやまずそれらの交換価値をこの排他的な商品との観念的な、これから実現されなければならない等式としてあらわすのにたいして、この排他的な商品にあっては、その使用価値は実在的であるとしても、過程そのものにおいては、現実の使用価値への転化によってはじめて実現さ【P33】れるべき単なる形態的定在として現われるのである。もともとこの商品{この はない……猪俣訳}は、商品一般として、ある特殊な使用価値に対象化された一般的労働時間としてあらわされた。交換過程では、すべての商品は、商品一般としての、商品そのものとしての、特殊な一使用価値における一般的労働時間の定在としての排他的商品に関係する。だから諸商品は、特殊な諸商品として、一般的商品(*)としての特殊な一商品に対立して関係する。したがって商品所有者たちが一般的社会的労働としての彼らの労働に相互に関係しあうということは、彼らが交換価値としての彼らの商品に関係するということにあらわされ、交換過程における交換価値としての諸商品相互の関係は、諸商品の交換価値の十全な表現としての特殊な一商品にたいする諸商品の全面的な関係としてあらわされ、このことはまた逆に、この特殊な商品の他のすべての商品にたいする独特な関係として、それゆえにまたひとつの物の一定の、いわばもって生まれた社会的性格として現われる。このようにすべての商品の交換価値の十全な定在をあらわす特殊な商品、または特殊な排他的な一商品としての諸商品の交換価値──これが貨幣である。それは、諸商品が交換過程そのものにおいて形成する、諸商品の交換価値の結晶である。●だから諸商品はすべての形態規定性をぬぎすてて、その直接的な素材の姿で互いに関係しあうことによって、交換過程の内部で相互にとって使用価値となるのにたいして、交換価値として互いに現われあうためには、新しい規定性をとり、貨幣形成にまで進んでいかなければならない。商品としての使用価値の定在が象徴でないのと同じように、貨幣も象徴ではない。一つの社会的生産関係が諸個人の外部に存在する一対象としてあらわされ、また彼らがその社会生活の生産過程で結ぶ一定の諸関係が、ひとつの物の特有な諸性質としてあらわされるということ、このような転倒と、想像的ではなくて散文的で実在的な神秘化とが、交換価値を生みだす労働のすべての社会的形態を特徴づける。貨幣にあっては、それが商品の場合よりも、もっとはっきり現われているだけである。

(*)同じ表現はジェノヴェーシにもある。

すべての商品の貨幣存在が結晶すべき特殊な商品に必要な物理的諸性質は、それらが交換価値の本性から直接に生じるかぎりでは、任意に分割しうること、各部分が一様であること、この商品の一つ一つが無差別であることである。一般的労働時間の物質化したものとしては、それは同質の物質化したものでなければならず、たんに量的な区別だけをあらわしうるものでなければならない。もう一つの必要な性質は、その使用価値の耐久性である。なぜならば、それは交換過程の内部にとどまっていなけ【P34】ればならないからである。貴金属はこれらの性質を非常によくそなえている。貨幣は反省や申し合わせの産物ではなく、交換過程のなかで本能的に形成されるのであるから、きわめて多様な、多かれ少なかれ不適当な諸商品が、かわるがわる貨幣の機能を果たしてきた。交換過程の発展のある段階で、交換価値と使用価値の規定が諸商品のあいだに両極的に配分され、たとえば一つの商品は交換手段として機能するのに、他の商品は使用価値として譲渡されるようになる必然性にともなって、いたるところで最も一般的な使用価値をもっている一つまたはいくつかの商品が、さしあたり偶然に貨幣の役割を演じるようになる。これらの商品が当面の欲望の対象ではないにしても、素材の点で富の最も重要な構成部分であるというその定在が、それらに他の使用価値よりもいっそう一般的な性格を保証する。
交換過程の原生的形態である直接的交換取引[物々交換]は、商品の貨幣への転化の開始というよりも、むしろ使用価値の商品への転化の開始をあらわしている。交換価値は自由な姿を得ておらず、まだ直接に使用価値に結びつけられている。このことは二重に示される。生産そのものは、その全構造において使用価値を目的とし、交換価値を目的としていない。だから使用価値がここで使用価値をやめて、交換の手段、商品になるのは、ただ生産が消費のために必要とされる限度をこえることによってだけである。他方では、諸使用価値は、たとえ両極に配分されているとしても、直接的な使用価値の範囲内でだけそれ自体商品となるのであって、したがって商品所有者たちによって交換される諸商品は、双方にとって使用価値でなければならないが、ただし各商品は、その非所有者にとっての使用価値でなければならない。実際には、諸商品の交換過程は、もともと原生的な共同体の胎内に現われるものではなく(*)、こういう共同体の尽きるところで、その境界で、それが他の共同体と接触する数少ない地点で現われる。ここで交換取引が始まり、そして、そこから共同体の内部にはねかえり、これに解体的な作用を及ぼす。だから、異なった共同体のあいだの交換取引で商品となる特殊な使用価値、たとえば奴隷、家畜、金属が、多くの場合、共同体そのものの内部での最初の貨幣を形成する。すでに見たように、一商品の交換価値は、その等価物の系列が長ければ長いほど、つまりその商品にとって交換の範囲が大きければ大きいほど、それだけますます高度に交換価値としてあらわされる。だから交換取引の漸次的拡大、交換の増大、交換取引にはいってくる商品の多様化は、商品を交換価値として発展させ、貨幣形成にまでおしすすめ、こうして、直接的交換取引に分解的な作用を及ぼす。経済学者たちは、【P35】拡大された交換取引がつきあたる外部的な諸困難から貨幣をみちびきだすのが例となっているが、そのさい彼らは、これらの困難は交換価値の発展、したがってまた一般的労働としての社会的労働の発展から生じるものだということを忘れている。たとえば、こうである。商品は使用価値としては任意に分割可能ではないが、交換価値としては任意に分割可能でなければならない、と。あるいは、商品所有者たちが互いに交換しようとする分割できない商品を等しくない価値比率で需要することがありうる、と。言いかえれば、経済学者たちは単純な交換取引を考察するという口実のもとに、じつは使用価値と交換価値との直接的統一としての商品の定在が包み隠している矛盾のいくつかの側面をみずからに具体的に示しているのである。ところが、他方、彼らは一貫して交換取引を商品の交換過程の十全な形態として固執し、それにはただいくつかの技術的不便が結びついているだけであり、この不便にたいしてたくみに考案された方便が貨幣である、というのである。このまったく浅薄な立場からすれば、イギリスの才知にあふれた一経済学者が、貨幣は船や蒸気機関のように一つのたんなる物質的な用具であって、社会的生産関係の表示ではなく、したがってまたなんらの経済学的範疇ではない、と主張したのももっともだったのである。だから実際に技術学となんの共通するものももたない経済学で貨幣が取り扱われているのは、まったく間違いだというのだ(**)。

(*)アリストテレスは最初の共同体としての私的家族について同じことを述べている。しかし家族の形態はそれ自体種族的家族であって、その歴史的分解からはじめて私的家族が発展するのである。「なぜならば、最初の共同社会(これが家族であるが)では、明らかにこれ(つまり交換)にたいする必要はすこしもなかった。」(前掲個所)
(**)「貨幣は実際には、売買をおこなうための用具にすぎないのであって、」(だが売買とは何のことですか?)「そして貨幣の考察が経済学の一部をなさないのは、船や蒸気機関、あるいはまた富の生産と分配を容易にするために用いられるその他のなんらかの用具の考察が、経済学の一部をなさないのと同じことである。」(トマス・ホジスキン……)

商品世界では、発展した分業が前提されている、あるいは発展した分業が、特殊な諸商品として対立しあっている諸使用価値の多様性、同様に多様な労働様式がふくまれている諸使用価値の多様性のうちに直接にあらわされている。すべての特殊な生産的な仕事の様式の総体としての分業は、その素材的な側面から、使用価値を生産する労働としてみた【P36】社会的労働の総姿態である。しかしそのようなものとして分業は、商品の立場からすれば、また交換過程の内部では、ただその結果のなかにだけ、諸商品そのものの分化のなかにだけ実在している。  諸商品の交換は、社会的物質代謝、すなわち私的な諸個人の特殊な生産物の交換が、同時に諸個人がこの物質代謝のなかで結ぶ一定の社会的生産諸関係の創出でもある過程である。諸商品相互の過程的諸関係は、一般的等価物の種々の規定として結晶し、こうして交換過程は同時に貨幣の形成過程でもある。さまざまな過程の一つの経過{流れ……岩波}としてあらわされるこの過程の全体が流通である。

A 商品の分析の史的考察

商品を二重の形態の労働に分析すること、使用価値を現実的労働または合目的的な生産活動に、交換価値を労働時間または同等な社会的労働に分析することは、イギリスではウィリアム・ペティに、フランスではボアギュベールに始まり(*)、イギリスではリカードに、フランスではシスモンディに終わる古典派経済学の一世紀半以上にわたる諸研究の批判的最終成果である。

(*)ペティとボアギュベールとの著作および性格の比較研究は、それが17世紀末および18世紀はじめのイギリスとフランスとの社会的対立を明瞭にするであろうという点は別としても、イギリスの経済学とフランスの経済学とのあいだの国民的な対照の発生的説明となるであろう。同じ対象は、リカードとシスモンディとにあっても、終結的にくりかえされている。

ペティは、労働の創造力が自然によって制約されているということについて思いちがいすることなしに、使用価値を労働に分解している。彼は現実的労働をただちにその社会的総姿態において、分業としてとらえた(*)。素材的富の源泉についてのこの見解は、たとえば彼の同時代人ホッブスの場合のように、多かれ少なかれ実を結ばずに終わることなく、彼をみちびいて、経済学が独立の科学として分離した最初の形態である政治算術に到達させた。けれども彼は、交換価値をそれが諸商品の交換過程で現象するままに、貨幣と解し、しかも貨幣そのものを実在する商品、つまり金銀と解した。彼は重金主義の表象にとらわれて、金銀を獲得する特殊な種類の現実的労働を、交換価値を生みだす労働だと説明した。実際上、彼はブルジョア的な労働が生産しなければならないのは、直接的な使用価値ではなく、商品であり、交換過程におけるその外化{譲渡}によって金銀として、すなわち貨幣として、すなわち交換価値として、すな【P37】わち対象化された一般的労働として自分をあらわすことのできる使用価値である、と考えた。それはとにかく、彼の例は、労働を素材的富の源泉と認識しても、それは決して労働が交換価値の源泉となっている一定の社会的形態についての誤解をとりのぞくものではない、ということを適切に示している。

(*)ペティは分業を生産力としても、しかもアダム・スミスよりももっと大規模な構想で展開した。『人類繁殖にかんする試論うんぬん』……参照。彼はこの書物のなかで、後にアダム・スミスがピンの製造についてやったように、生産にとっての分業の利益を懐中時計の製造について示しただけでなく、同時にまた一都市や一国全体を大工場施設という観点から考察することによっても示している。1711年11月26日付の『スペクテーター』は、この「すばらしいサー・ウィリアム・ペティの例証」に触れている。だからマカロックが『スペクテーター』はペティと40歳ほども若い一著述家とを混同している、と憶測したのはまちがいである(……)ペティは、自分を新しい一科学の創始者だと自覚していた。彼は、自分の方法は「ありきたりのものではない」といっている。自分は比較級や最上級のことばをならびたてて、思弁的な議論をつなぎあわせるかわりに、数や重量や尺度で語り、もっぱら感覚的な経験からみちびきだされた議論だけを用い、また自然のなかで目に見ることのできる基礎をもつような原因だけを考察しようと企てた。個々人の変化する考え、意見、嗜好、情熱に左右される諸原因は、これを他人の考察にゆだねる(……)と。彼の天才的な豪胆さは、たとえばアイルランドとスコットランド高地のすべての住民と動産を大ブリテンの他の地方に移そうという提案に現われている。そうすれば労働時間は節約され、労働の生産力は引き上げられ、そして「国王とその臣民はいっそう富強になるであろう」(『政治算術』……)。彼はまたその『政治算術』のある章で、オランダが商業国民としてなお重要な役割を演じており、フランスがまさに支配的な商業強国になりそうな時代において、イギリスの天職は世界市場の征服にあることを証明して、「イギリス国王の臣民は、全商業世界の取引をおこなうのに十分かつ適当な元手をもっている」(……)。【P38】「イギリスの偉大さを妨げているものは、ただ偶然的なものであり、とりのぞきうるものである」(……)と言っているが、ここにも彼の天才的な豪胆さが現われている。彼のすべての著作には独創的なユーモアが横溢している。たとえば彼は、今日イギリスが大陸の経済学者たちにとって模範国であるのとまったく同様に、当時イギリスの経済学者たちにとって模範国であったオランダが「ある人々によってオランダ人がもっているとされている天使のような機知と判断力もないのに<実際はもっていないのに……岩波文庫版>」(……)、世界市場を征服したのは自然の成行きであった、ということを指摘している。彼は信教の自由を商業の一条件として弁護する。「なぜなら、富をあまりもたないものが、とくに主として貧しいものに属する神の問題については、多くの知恵と理解力とをもっている、という考えを彼らに許しさえすれば、貧しいものは勤勉となり、労働と勤勉とを神にたいする義務と考えるようになるからである。」だから商業は「どれか一つの宗教と結びついているものではなく、むしろつねに全体のうちの異端的な部分と結びついているもの」(……)である。彼は無頼の徒を救済するための独特な公課を提唱しているが、そのわけは無頼の徒のために自分から進んで税を納める方が、無頼の徒自身から課税されるよりも公衆にとってはましだからである(……)。これとは反対に彼は、富を勤勉な人々の手から「食ったり、飲んだり、歌ったり、勝負事をしたり、踊ったり、形而上学にふけったりすることのほかはなにもしない」(……)人たちの手に移すような租税を非難している。ペティの著作はほとんどが本屋商売の稀覯本であって、粗悪な古版本で散在しているにとどまるが、このことは、ウィリアム・ペティがイギリスの経済学の父であるばかりでなく、同時にイギリスのウィッグ党の長老であるヘンリ・ペティ、別名ランズダウン候の祖先でもあるだけに、いっそう不思議なことである。だがランズダウン家は、ペティの全集を刊行しようとするなら、その冒頭に彼の伝記をかかげないわけにはいかないだろうが、この場合にもウィッグ党のたいていの名門の素性について言えるように、言わぬが花なのである。ペティは考えは大胆であったが、まったく浮薄な一外科軍医であって、クロムウェルの庇護のもとにアイルランドで略奪する一方で、またチャールズ2世にとりいって略奪に必要な従男爵の称号をかちえるのをはばからなかったほどであるから、こういう祖先の姿は、公に披露するにはてんでふさわしくないのである。おまけにペティは、生前に出版した【P39】たいていの著作のなかで、イギリスの全盛期はチャールズ2世の治世にあたることを証明しようとつとめているが、これは「名誉革命」のおかげでうまいことをしている子々孫々にとっては異端の見解である。

ボアギュベールのほうは、個々人の労働時間が特殊な諸産業部門に配分される正しい比率によって「真実価値」を規定し、そして自由競争をこの正しい比率をつくりだす社会的過程であると述べて、意識的にではないにしても、事実上、商品の交換価値を労働時間に分解している。しかし、それと同時に彼は、ペティとは反対に、その介入によって商品交換の自然的均衡または調和を攪乱し、すべての自然的富をいけにえとして要求する気まぐれなモロクである貨幣にたいして熱狂的にたたかった。ところで、貨幣にたいするこの論難は、一面では一定の歴史的諸事情と関連しており、ペティは黄金欲を、一国民を刺激して産業の発展と世界市場の征服とに駆りたてる強力な衝動であると賛美したのにたいして、ボアギュベールは、ルイ十四世の宮廷や彼の徴税請負人や彼の貴族のめくらめっぽうな破壊的黄金欲を攻撃したのだ(*)としても、だがここに同時に、純イギリス的な経済学と純フランス的な経済学(**)とのあいだの不断の対照としてくりかえされるいっそう深刻な原理上の対立が表面に現れでている。ボアギュベールは実際上は、ただ富の素材的内容、使用価値、享受(***)だけに注目して、労働のブルジョア的形態、商品としての使用価値の生産と商品の交換過程を、個人的労働がその目的を達する自然にかなった社会的形態だと見なしている。だから貨幣の場合のように、ブルジョア的富の特有な性格が彼のまえに現れると、彼は横奪的な異分子が侵入してきたのだと信じ、一つの形態のブルジョア的労働にたいして憤慨すると同時に、他方では他の形態のそれをユートピア主義者ふうに神聖視するのである(****)。ボアギュベールは、諸商品の交換価値に対象化され、時間によって測られる労働が、個人の直接の自然的活動と混同されながらも、労働時間は商品の価値の大きさの尺度として取り扱われうるという証拠をわれわれにあたえてくれる。

(*)当時の「財政の魔術」に反対して、ボアギュベールは言っている。「財政学とは農業と商業の利益についての深い知識にほかならない」(『フランス詳説』……)。
(**)ラテン系経済学ではない。なぜならば、イタリア人はナポリ学派とミラノ学派の両学派で、イギリス経済学とフランス経済学との対立をくりかえしており、他方で初期のスペイン人は、たんなる重商主義者か、ウスタリスのような修正重【P40】商主義者であるか、さもなければホベリャノスのように(……)、アダム・スミスと同じく「中庸」をまもっているか、そのどれかだからである。
(***)「真の富は……生活必需品だけでなく、贅沢品と官能を楽しませうるすべてのものの完全な享受である」(ボアギュベール……。)しかしペティが浮薄な、略奪欲にもえた、無節操な投機家であったのにたいして、ボアギュベールはルイ14世の地方総監のひとりであったにもかかわらず、思慮とこれにおとらぬ大胆さとで被圧迫階級の味方となったのである。
(****)プルードン型のフランス社会主義は、同じ国民的な世襲病にかかっている。
交換価値をはじめて意識的に、ほとんど平板なまでにはっきりと労働時間にまで分析したのは、ブルジョア的生産諸関係がその担い手たちと同時に輸入され、歴史的伝統の欠如をおぎなってなおあまりある沃土をもった地盤のうえに急速に成長した新世界の一人物である。その人とはベンジャミン・フランクリンであって、彼は1719年に印刷に付されたその青年時代の労作で、近代的経済学の根本法則を定式化した(*)。彼は貴金属以外に価値の尺度を求めることが必要だ、と断言する。これこそ労働だ、と言う。

(*)B・フランクリン『著作集』……所収、『紙幣の性質と必要についての小研究』。
「銀の価値も、他のすべてのものの価値と同様に、労働によって測ることができる。たとえば、ある人は穀物の生産に従事し、他の人は銀を採掘し精錬するものとしよう。一年の終わりかまたは他のある一定期間ののちに、穀物の全生産物と銀の全生産物とは、それぞれの自然価格である。そしてもし一方が20ブッシェルで、他方が20オンスだとすれば、1オンスの銀は1ブッシェルの穀物の生産に用いられた労働の値うちがある。だが、もしもっと近くの、もっと採掘しやすい、もっと豊饒な鉱山が発見されたために、ある人が以前に20オンスの銀を生産したのと同じくらい容易に、いまでは40オンスの銀を生産できるものとし、しかも20ブッシェルの穀物の生産にはやはり依然と同じだけの労働が必要だとすれば、2オンスの銀は1ブッシェルの穀物の生産に用いられるのと同じだけの労働以上の値うちはないであろうし、以前には1オンスの銀の値うちがあった1ブッシェルは、他の事情が同じならば、いまでは2【P41】オンスの銀の値うちがあるであろう。だから一国の富は、その国の住民が買うことのできる労働量によって評価されるべきである(* 前掲書……)。

フランクリンにあっては、労働時間は、経済学者流儀で一面的にただちに価値の尺度としてあらわされる。現実の生産物の交換価値への転化は自明のことであり、したがって問題は、その価値の大きさを測る尺度を発見することだけである。彼は言う。
「商業は一般に労働と労働との交換にほかならないから、すべてのものの価値は、労働によってもっとも正しく評価される(* 前掲書……)。
この場合、労働という言葉のかわりに、現実的労働ということばを置き換えるならば、一つの形態の労働と他の形態の労働とが混同されていることが、ただちに発見されるであろう。商業とは、たとえば靴屋の労働、鉱山労働、紡績労働、画家の労働等々の交換であるからといって、長靴の価値は画家の労働によってもっとも正しく評価されるであろうか? フランクリンは逆に、長靴、鉱産物、紡糸、絵画等々の価値は、なんら特殊な質をもたない、したがって単なる量によって測ることのできる抽象的労働によって規定される、と考えたのである(*)。しかし彼は、交換価値にふくまれている労働を、抽象的一般的労働、個人的労働の全面的外化{譲渡}から生じる社会的労働として展開しなかったから、必然的に、この外化した{譲渡される}労働の直接的存在形態である貨幣を誤解した。だから彼にとっては、貨幣と交換価値を生みだす労働とは、なんら内面的な関連をもたず、貨幣はむしろ、技術的な便宜のために交換のなかへ外からもちこまれた用具なのである(**)。フランクリンの交換価値の分析は、経済学の一般的歩みにたいしては直接の影響を与えないままにとどまった。なぜならば、彼はただ経済学の個々の問題を一定の実際の機会にさいして取り扱ったにすぎなかったからである。

(*)前掲書。『アメリカの紙幣にかんする論評と事実』……。
(**)『アメリカ政治論集』。……。

現実的有用労働と交換価値を生みだす労働とのあいだの【P42】対立は、どんな特殊な種類の現実的労働がブルジョア的富の源泉であるか、という問題のかたちで、18世紀中、ヨーロッパを騒がせた。だから使用価値に実現される、あるいは生産物を供給するどの労働も、ただそれだけの理由でただちに富をつくりだすものではない、ということが前提されていた。けれども重農主義者たちにとっては、その論敵にとってと同じく、焦眉の論点は、どのような労働が価値を創造するかということではなく、どのような労働が剰余価値を創造するかということである。だから、すべての科学の歴史上の歩みがいくたの紆余曲折を経てはじめて本当の出発点にいたるように、彼らは問題をその原初的形態で解決してしまうよりまえに、これを複雑な形態で論じたのである。科学は、他の建築師と違って、ただ空中楼閣を描くばかりでなく、建物の礎石を据えるまえに、住居となる一つ一つの階層を築くのである。われわれはここでは、これ以上重農主義者たちにとどまらないで、また多かれ少なかれ適切な思いつきで商品の正しい分析にふれている一連のイタリアの経済学者たちもすべて見おくって、ただちに、ブルジョア経済学の全体系をつくりあげた最初のイギリス人、サー・ジェームズ・スチュアートにむかおう(**)。彼にあっては、経済学の抽象的諸範疇は、まだその素材的内容から分離する過程にあり、したがってあいまいで動揺して現れているが、交換価値という範疇もそうである。ある個所では、彼は、現実価値を労働時間(一人の労働者が一日のうちになしうるもの)によって規定しているが、しかしこれとならんで賃金と原料とが一役を演じて混乱をまねいている(***)。他のある個所では、素材的内容との格闘がさらにはっきりと現れている。彼は、ある商品にふくまれている自然的材料、たとえば銀製の編み細工中の銀をその内在的価値とよび、他方では商品にふくまれている労働時間を使用価値とよんでいる。

(*)たとえばガリアーニ『貨幣について』。……彼は言う。「骨おり」「だけが物に価値をあたえる唯一のものである。」労働を<「骨おり」>とよぶのは、南国人の特徴である。
(**)スチュアートの著作『経済学原理の研究、……』は、1776年に4折版2冊でロンドンではじめて刊行されたが、アダム・スミスの『諸国民の富』の10年前であった。……
(***)スチュアート、前掲書……【P43】彼は言う。「前者はそれ自体で現実のものであるが、……これとは反対に使用価値は、それを生産するためについやされた労働にしたがって評価されなければならない。素材の変形に用いられる労働は、ある人の時間の一部分を代表している、うんぬん。」

スチュアートが彼の先行者や後継者よりぬきんでていた点は、交換価値にあらわされる独特な社会的労働と使用価値を目的とする現実的労働とをはっきり区別したことである。彼は言う。
「その譲渡によって一般的等価物を創造する労働を、私は勤労とよぶ。」
彼は、勤労としての労働を現実的労働から区別するだけでなく、労働の他の社会的形態からも区別する。彼にとっては、それは、労働の古代的および中世的形態に対立する労働のブルジョア的形態である。彼がとくに関心をよせたのは、ブルジョア的労働と封建的労働との対立であって、彼は、没落の段階にあるこの封建的労働を祖国スコットランドでも、また彼の広範囲の大陸旅行でも観察していた。もちろんスチュアートは、ブルジョア時代以前の時代でも生産物は商品の形態をとり、商品は貨幣の形態をとることをよく知っていたが、しかし彼は、富の元素的基礎形態としての商品と、取得の支配的形態としての譲渡とは、ブルジョア的生産時代にだけ属するものであり、したがって交換価値を生みだす労働の性格は、独特なブルジョア的なものであることを詳しく証明している(*)。

(*)だから彼は、土地保有者のために使用価値を創造することを直接の目的とする家父長制的な農業は、なるほどスパルタやローマでは、またアテナイでさえも「誤用」ではないが、18世紀の工業諸国では「誤用」である、と説明する。こういう「誤用された農業」は、「営業」ではなくて、「たんなる生計の手段」だという。ブルジョア的農業が土地から余分な人口を一掃するのと同じように、ブルジョア的製造工業は工場から余分な労働者を一掃する、と言うのである。

農業、製造工業、海運業、商業等々のような現実的労働の特殊な諸形態を、つぎつぎに富の真の源泉であると主張してから、アダム・スミスは、労働一般が、しかもその社会的総姿態での、分業としての労働一般が、素材的富つまり諸使用価値の唯一の源泉であると宣言した。そのさいに彼は自然要素をまったく見すごしたものだから、彼はもっぱら社会的な富の、交換価値の領域に追いこまれることと【P44】なった。たしかにアダムは、商品の価値をそれにふくまれている労働時間によって規定しはするが、そのあとでふたたびこの価値規定の現実性をアダム以前の時代へ追いもどしている。言いかえれば、彼にとって単純商品の立場では真実と思われることが、単純商品に代わって、資本、賃労働、地代等々のいっそう高度で複雑な諸形態が現れてくるやいなや、彼にははっきりしなくなるのである。このことを彼はこう表現する。すなわち、商品の価値がそれにふくまれている労働時間によって測られたのは、人間がまだ資本家、賃労働者、土地所有者、借地農業者、高利貸等々としてではなく、ただ単純な商品生産者および商品交換者として相対していたにすぎなかった市民階級の失われた楽園においてである、と。彼は、商品の価値がそれにふくまれている労働時間によって規定されているということを、商品の価値が労働の価値によって規定されるということとたえず混同し、詳細な論究ではいたるところで動揺しており、そして社会的過程が等しくない労働の間で強制的になしとげる客観的な均等化を、個人的労働の主観的同権化と誤認している(*)。彼は、現実的労働から交換価値を生みだす労働、すなわちブルジョア的労働の基本形態への移行を分業によってなしとげようと試みている。ところで、私的交換が分業を前提するというのは正しいが、分業が私的交換を前提するというのは誤りである。たとえばペルー人の間では、私的交換、商品としての生産物の交換は行われなかったが、、分業は極度に行われていたのである。

(*)たとえば、アダム・スミスはこう言っている。「労働の等しい量はいつでもどんなところでも、労働する者にとって等しい価値をもつと言ってよいであろう。健康、体力、気力が普通の状態にあり、熟練と技巧の程度が普通であれば、彼はいつも同一量の安息、自由、幸福を犠牲にしなければならない。彼が支払う価格は、彼が労働の報酬として受け取る商品の量がどれほどであろうと、いつも同一であるにちがいない。その労働が買うことのできる財貨は、実際のところ、あるときは多く、あるときは少ないであろうが、変動するのはそれらの財貨の価値であって、それらを買う労働の価値ではない。……だから労働だけがそれ自身の価値をけっして変えない。……だから労働は商品の真実価格である、うんぬん。」(『諸国民の富』……)。

アダム・スミスとは反対に、デーヴィッド・リカードは、労働時間による商品価値の規定を純粋に引き出し、この法則が、それと表面上最も矛盾するブルジョア的生産諸関係【P45】をも支配することを示した。リカードの研究は、もっぱら価値の大きさに限られていて、これにかんするかぎり、彼はこの法則の実現が一定の歴史的諸前提に依存していることに、すくなくとも感づいている。すなわち彼は、労働時間による価値の大きさの規定は、
「勤労によって任意に増加されうる、そしてそれらの生産が無制限な競争によって支配されている(*)。」
商品だけに妥当する、と言っている。

(*)デーヴィッド・リカード『経済学および課税の原理』……。

このことは事実上、価値法則はその完全な展開のためには、大工業生産と自由競争との社会、すなわち近代ブルジョア社会を前提する、ということを意味するものにほかならない。そのほかの点では、リカードは、労働のブルジョア的形態を社会的労働の永遠の自然形態だとみなしている。彼は原始的な漁夫と猟師にも、ただちに商品所有者として魚と獣とを、それらの交換価値に対象化されている労働時間に比例して交換させている。ここで彼は、原始的な漁夫と猟師とが、彼らの労働用具の計算のために、1817年にロンドン取引所で用いられる年賦償還表を参考にするという時代錯誤をおかしているのである。「オーエン氏の平行四辺形」は、ブルジョア的社会形態以外に彼の知っていた唯一の社会形態だったらしい。こういうブルジョア的視界に限られてはいたにせよ、リカードは、ブルーム卿が彼について
「リカード氏はまるで他の遊星から落ちてきた人のようだ」
と言いえたほどの理論的な鋭さで、底のほうでは表面に現れているものとはまったく別様の観を呈するブルジョア経済を解剖した。シスモンディは、リカードとの直接の論争で、交換価値を生む労働の独特の社会的性格を強調するとともに(*)、価値の大きさを必要労働時間に還元すること、
「全社会の需要とこの需要をみたすにたりる労働量とのあいだの割合(**)」
に還元することを、「われわれの経済的進歩の性格」とよんでいる。

(*)シスモンディ『経済学研究』……「商業はすべてのものを使用価値と交換価値との対立に帰着させた。」
(**)シスモンディ、前掲書……。

シスモンディはもはや、交換価値を生む労働が貨幣によって不純にされるというボアギュベールの考えにはとらわ【P46】れていないが、ボアギュベールが貨幣を非難したように、大産業資本を非難している。リカードにおいて、経済学が容赦することなくその最後の結論を引き出し、それでもって終わりをつげたとすれば、シスモンディは、経済学の自分自身にたいする疑惑を示すことによって、この終結を補完しているのである。
リカードは古典派経済学の完成者として、労働時間による交換価値の規定を最も純粋に定式化し展開したのであるから、経済学の側から起こされた論争は、当然彼に集中された。この論争から大部分ばかげている形態(*)を取り去ると、それは次の諸点に要約される。

(*)おそらく最もばかげたものは、コンスタンシオによるリカードのフランス語訳にJ・B・セーがつけた注釈であり、もっとも学者ぶって尊大なものは、マクラウド氏の最近刊行された『為替の理論』、……であろう。

第一。労働自体が交換価値をもっており、異なる労働は異なる交換価値をもっている。交換価値を交換価値の尺度にするのは悪循環である。なぜならば、測る交換価値自体がさらにまた尺度を必要とするのだから。この異論は、労働時間が交換価値の内在尺度としてあたえられていて、その基礎のうえで労賃を展開する、という問題に帰着する。賃労働の理論がこれに回答を与える。
第二。もしある生産物の交換価値がそれにふくまれている労働時間に等しいならば、一労働日の交換価値はその生産物に等しい。言いかえれば、労賃は労働の生産物に等しくなければならない(*)。ところが、事実は逆である。だから云々。この異論は、たんに労働時間だけによって規定される交換価値を基礎として、どうして生産から、労働の交換価値がその生産物の交換価値よりも小さいという結果が生まれるのか、という問題に帰着する。われわれは、この問題を資本を考察するさいに解決する。

(*)ブルジョア経済学の側からリカードにたいしてもちだされたこの異論は、のちに社会主義者の側からとりあげられた。この定式が理論的に正しいことを前提したうえで、実際が理論と矛盾している点が非難され、ブルジョア社会にたいし、その理論的原則からその推定上の帰結を実際に引き出すようにという要請がなされた。こういうやり方で少なくともイギリスの社会主義者たちは、リカードの交換価値の定式を逆用して、経済学を攻撃した。プルードン氏に残された仕事は、古い社会の基本原則を新しい社会の原則だと吹聴するだけでなく、同時にまた、自分こそは、リカードがイギリス古典派経済学の全成果を要約して示したこの定式の発見者だと吹聴することであった。プルードン氏がイギリス海峡のむこう側でリカードの定式を「発見した」ときには、イギリスではそのユートピア主義者流の解釈ですらすでに忘れ去られていた【P47】ことは、以前に証明しておいた。(私の著作『哲学の貧困、うんぬん』……「構成された価値」にかんする節を参照。……

第三。商品の市場価格は、需要と供給との関係が変動するにつれて、その交換価値以下に下がったり、それ以上にあがったりする。だから商品の交換価値は、需要と供給の関係によって規定されているのであって、それにふくまれている労働時間によって規定されているのではない。じっさい、この奇妙な推論では、交換価値の基礎のうえでそれと異なる市場価格がどうして展開されるのか、もっと正しく言えば、交換価値の法則はどうしてそれ自身の反対物でだけ表現されるのか、という問題が提起されるだけである。この問題は競争論で解決される。
第四。最後の反対論、しかももしいつものように奇妙な実例のかたちでもちだされさえしなければ、一見したところ最も痛烈な反対論は、もし交換価値が商品にふくまれている労働時間にほかならないとすれば、すこしも労働をふくまない商品はどうして交換価値をもつことができるか、言いかえるならば、たんなる自然力の交換価値はどこから生じるのか、というものである。この問題は地代論で解決される。

2017年5月22日